◆ Ⅸ - ⅴ ◆ Ⅹ ◆
確信は、現状を、確かに動かしはした。
教室内に響いた山さんの声は、ごっ君を筆頭に、オレやツナ、無関係なクラスメイト達までをも静かにさせて、言った本人からも、動きから音から、全てを奪っていた。
今のオレには、頭上にある二人の顔も、ごっ君の後ろにいるであろうツナの顔も見る勇気はない。でも見なくても分かるほど、肌で感じられるほどにみんなの空気は張り詰めていたから。
正直――彼女が来てくれて助かった。
卑怯かもしれない、逃げてるのかもしれない、けどやっぱオレは、みんなの笑顔が好きだから。こんな空気も、みんなが笑わないのも、オレの事で言い合いされるのも、オレは嫌だ。
「おはようツナ君! どうしたの、こんな所……どうしたのみんな?」
ツナの後ろから顔を覗かせたのは、ツナが思いを寄せるクラスメイトの笹川京子ちゃん。多分最初は、教室の入り口で立ち呆けているツナにどうしたのか聞こうとしたんだろう。でも一歩、教室内へと踏み込めば、得も言えぬ空気が漂う空間と、微妙な雰囲気で奇妙な体制を取るオレ達。それを見てしまえばおのずと疑問はそちらへ引き寄せられる。
だから京子ちゃんの疑問は、当然のもので、でもオレには、その当然のものが、窮地を救う救世主の御言葉に聞こえた。
「……うお、おはよう京子ちゃん! 今日も可愛いね! 萌え萌え!」
京子ちゃんへと挨拶する無駄に明るいオレの声。
対峙したまま固まる二人――山さんとごっ君が、オレが動いた事で覚醒したのが間をすり抜ける時に感じ取れた。ツナも、こちらに目を向けているし、なんとか空気は薄まったようだ。
「おはよう時君! ふふ、いつもありがとう! もえもえ! ……あれ? どうしたのその頬っぺた……それにみんなも……何かあった?」
「あ、ああ頬は昨日すっ転んで、みんなは……えーっと、な、なんか昨日食べたおでんが、食べたみんなに当たっちゃったらしくってさ〜! 機嫌が悪いのなんのって!」
嘘。
オレ自身が自分の言葉と声に苛立ちを覚える。
この感覚は、学生時代に感じた覚えのある……懐かしい、嫌な感覚。
でも京子ちゃんは、オレの嘘に優しい声で返答をくれる。
今のオレには、それだけが救いだ。
「そうなの? ツナ君や……山本君達も?」
「う、うん! もうやんなっちゃうよね寒いから余計お腹にもくるしさ」
「ええ! 大丈夫? 保健室行った方が良くない?」
「……あ……ああ、うん! 平気平気、オレ達頑丈だから! その強度はロケットパンチでも壊れないって言うか!」
「ふふふ、なあにそれ!」
オレの言葉で笑う京子ちゃんに誘われるように一緒になって笑う。
でも、オレの意識は傍らでいまだに固まっている人達に集中している。オレが話題を摩り替えたとは言え、山さんごっ君ツナの三人は、全く持って微動だにしない。
これでは、京子ちゃんの天使の様な助け舟が沈んでしまう。
京子ちゃんと話しながら、心で涙を流して、次の打開策に奮闘する。だけど、駄目オレ再来。何も思い浮かばない、この残念な脳みそが憎い。
けど想いだけは、神様だか、仏様だか、イエス様だかに通じたのか、教室前方の扉から『お前ら席に着けー』の決まり文句と共に先生が現れた。どうやら、なんやかんやとしている内に時間が過ぎて、朝のホームルームが始まった様だ。
流石にコレには、固まっていた三人も従わざる終えない。
少し動揺しながらも、先生の声に従ってそれぞれの席につく。
ただ、ごっ君だけはタバコを咥えて教室の外へと出て行ってしまった。先生が止めようとしたが聞く耳持たず、開け放たれていたドアを後ろ手に思いっきり音を立てて閉め、彼の足音は遠ざかった。何時もの事なので先生もそのまま放って、何時もの流れを始めてしまったのだけど……
ホームルームの後の授業中。
オレの頭は、教室を出て行った時のごっ君の横顔が、鬱陶しい羽虫みたいに、しつこくちらついて、正直授業所ではなかった。いや、まあ、授業は何時も聞いてないんだれど……ただ、どうしても、あの長い前髪に隠れたごっ君の横顔が頭から離れなくて。表情も何も見えなかったのに、ちらついて、気になって、仕方がなかった。
授業の途中途中で、山さんとツナの方も伺ってみたが、こちらもこちらで、表情が読み取れない。背中を見る形になるので当たり前なのだが、何時もの二人なら、もっと分かりやすい体制をしている筈だったんだ。
ツナはぼーっと黒板を見つめて、時々頭が前へと傾いて、それを必死に堪えようとする。分かりやすいほどの、授業が分からないと言う、一種の表情。でも今は、背中を丸めて俯いて、影を背負っている。山さんも山さんで、授業中はその殆どを睡眠へと費やしているのに、今回は体を起こしたまま、右手で器用にペンを回している。
ある意味それが、授業での普通なのに、今は異常な光景でしかない。
鼻と上唇の間にシャーペンを挟んで、くいくい動かしながら現場観察。でも、分かる事なんて何も無い。他人の心が理解出来たら苦労なんてしない。だからオレは授業中、数字や英語や、なんか理科的な単語をBGMにしながら、無い頭使って考えた。
どうしたら、みんなの暗い雰囲気を取っ払って上げられるか。
どうしたら、何時もみたいにみんなで笑い合えるのか。
どうしたら、オレの現状が打開出来るのか。
無い頭使って考えたけど……なんとも言い難い。
無い頭だからどうしようもなかった。
自分が本当に嫌になった瞬間、オレの上唇の上で遊んでいたペンは落ちて、オレの顔も机に落ちた――――
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