◆ Ⅰ - ⅱ ◆ ⅩⅩ ◆
――――並中校舎、最上階廊下にある応接室。
風紀委員の副委員長こと俺――草壁哲矢は、委員長に言われるまま、白井時を抱えてすぐに、使い慣れたその場所へと足を運んだ
二つあるソファの内、入って右側にあるそれへと、気を失っている彼を降ろして、治療の為に必要な救急箱が取りに、今しがた入って来たばかりの部屋から出て行く。
白井を一人にしておくのは不安だったが、彼の一撃を受けてそう簡単に目が覚めるのなら、今日(こんにち)の雲雀恭弥はいる訳がないので、ある意味では安心だ。
委員長が毛嫌いする保険医に救急箱を借りて、再び応接室へと戻る。その行き帰りの廊下では、生徒達が随分と騒いでいた。恐らく、白井の事について。
なるべくそれ等の会話に耳を向けないよう、目的地へと急いだ。
応接室へと戻れば、部屋を出た状態のまま、変わらず横たわる白井の姿が目に入る。ソファの横へとしゃがみ込むのに邪魔な机を軽く押し、彼の傍らへと身を屈め、顔に目をやれば、酷く血の滲んだ左頬が俺の方を向いている為に、生々しい傷が、直に目に飛び込んできた。
(……きっと痛かっただろう)
救急箱から、消毒液とガーゼ、保護テープを取り出す。
消毒液の染みた脱脂綿をピンセットで摘み、彼の傷付いた頬に持っていくが、傷に染みたのだろう、痛みで彼が軽く呻いた為、俺は少々怯む。だがこのまま傷を放置する訳にはいかないので、再度傷口に脱脂綿を触れさせた。
頬に見える擦り傷は、昨日受けたものに違いない。
委員長の話によれば、コンクリートに擦り付けた為に出来た傷らしい。しかし俺の目が映るその傷は、そういった経緯でできたものとは取れなかった。
勿論、確かに擦り傷もある。
だが、笹川了平に殴られた為か、擦り傷に混じって口元の痣と……
……これが不可解だ。
痣までならば分かるのだが、なんと言うのか……傷……と言うには余りに幅の広い線が無数に。しかもそれは、計算された模様の様に、幾何学的に出来ており、その様はまるで刺青だ。
「傷……なのか?」
余りにも不思議な物だったので、口からも疑問が零れていた。
かと言って答える者は当然無く、俺の声は空中に霧散する。
傷に疑問を覚えながらも作業は続き、頬の傷は清潔な白いガーゼで覆われ、誰の目にも見えなくなった。
次は――と、少々嫌に思いながら、俺の視線は目の前で横たえる彼の腹部に向かう。その場所へと唐突に放たれた委員長の攻撃は、無防備に立っていた彼の腹部を綺麗に捉えて、一瞬で意識を奪ってしまった。そして勿論、攻撃を受けたその場所には見るに耐えない痕が出来ているだろう。
正直、俺は白井の事は嫌いではない。
人として時々おかしい部分があると思うが、風紀の人間である俺や他の委員達にも恐れず気さくに話しかけてくれるし、まれに何処から調達するのか差し入れもくれたりして、年下ながら、ついつい気を許してしまう。
だから――と、ただそれだけでこんな事を考えるのはおかしいかも知れないが。できれば、委員のトップである委員長が傷つけた体は見たくない思いがある。
……あるが、しかし、な。
「手当て…………しなくてはな」
腹をくくって、彼の服へと手を伸ばす。
自然、溜め息が漏れてしまうのは仕方がないだろう。
(もう少し手加減出来ないものか……)
服の下から出てきた彼の素肌には、案の定、はっきり、綺麗に、痛々しく、なんとも言えない色をした一文字の痣が刻まれていた。
当然ながら、どう手当てしたものか悩んでしまう。
医者でもない中坊風情に、こんな――流石に、まあ、多分、恐らく、万に一つに、手加減して内臓までは傷つけていないだろうが――生半可な傷ではないものを治療できる知識などない。
かと言って、あのやぶ医者まがいに診せるのも、いささか難がある気がする。いや、そもそも奴は男は診ないのか。何故あんなのが保険医なんて殊勝なものをやっているんだ。
「……湿布で問題ないだろう」
やはり、いささかあの保険医に診せるのは不安だったので、委員長が手加減している事を祈りながらに、救急箱から湿布を数枚取り出す。
この手の負傷を、俺自身も負った事が何度もあるが、大方が湿布でなんとかなった。問題はそうない筈だ……たぶん、きっと、大丈夫だ――――そんな言い訳まがいを、感じ取った訳でも、勿論ないだろうが、横になっている白井が意識を取り戻したのか、軽く呻いた。
声をかけるのに、何故か後ろめたさがある。
今度、医療系の本でも読んでおこう。
「……白井?」
「……っ……くっ」
「俺の声が聞こえるか?」
「……あ? 痛……て……ん? く……くさかべ……さん?」
どうやら完璧に意識を取り戻したようだ。
だが、自身の体に感じる痛みでか、少々困惑しているらしい。
「痛……て! な、ん……これは? いっつ!」
「無理をするな。委員長の一撃を諸に受けている」
「――――は!? フ、フルボッコ!? ……って、うほっ! なんじゃこりゃ!? なんじゃこりゃああああ! オレのお腹きめえ!」
「静かにしろ」
いきなり叫んだ彼の目に映るのは勿論、自身の腹部の惨状だ。
叫びたくもなる気持ちは分かるが、如何せん、やかましい。
「ひやああああ! なんの呪いだこれ!? 誰の呪いだこれ!?」
やかましい。
しかしやはり、脳みそがどうかしている。
「静かにしろ白井。呪いではないからな。体に障る」
呪いだなんだと叫んで、今にもソファから転げ落ちそうな彼の肩を叩いて落ち着かせる。目を見て、ゆっくりと話しかければ彼も落ち着いて、その身を再度ソファへと横たえた。
失礼だが、まるで子犬の様だった。
「――――っ!? ……あ、うん……いや、どうも、すみませんでした」
「気にするな」
「うん………………うん? あれ? 何がどうなってこんなことに?」
「覚えていないのか? その……先程の……――――」
と、思わず口ごもる。
どう彼に話すべきなのか。
俺には分からなかった。
忘れているなら話さない方が良いのだろうか、それともきちんと事実を伝えるべきなのか、久しぶりに普通の誰かを案じての悩みだ。けれどその悩みも一時で終わった。
どうやら彼は、俺が言いあぐねる事柄を、自分で思い出したらしい。
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