ⅩⅩⅠ - 人皆旅人

◆ Ⅰ - ⅳ ◆ ⅩⅩ ◆

「あの……ちょっと、いいですか、草壁さん」

 オレが突然声を、しかも自分に向けられたものを発したものだから、草壁さんの体が軽く跳ねた。オレの心臓も一緒に跳ね上がっている。

「その……なんと申し上げたら良いものか……」
「なんだ? どうした? 何処か痛むか?」

 オレなんぞを心配してくれる彼の言葉に心打たれて、目的を見失いそうになる。しかし、ここは堪える。恥ずかしさを忍んで喋っているんだ。ここで崩れてしまったら元も子もない。

「いえその……痛いのはもうどうでもいいんですけど……その」
「なんだ?」

 オレの的を得ない言葉に流石の彼も首を傾げる。その彼の行動に更にオレの心臓が飛び上がりまくるが、オレは断じて負けない。むしろ、負けたくない。

 オタクのなけなしの勇気を振り絞って、彼の真正面へ正座で座る形に体制を変える。彼はオレよりも背が大分と高い訳だが、こちらは長椅子の上にいるらしいので、自然と顔の位置が同じになった。

 そして目に入ってくる戸惑った表情の渋い顔と、ビシっと決まった艶の良いリーゼント。そして、オレが彼に懐いてしまう、見ているとどうにも本能的に切なくなる……

 ……その、父親と良く似た、黒色の眼。

「草壁さん、後生の頼みです」

 年下の君に頼むのもなんだけれど。

「な、なんだっ?」

 まだ若い君に言うのもなんだけれど。

「その……」
「……っ?」

 大丈夫、彼ならきっと笑わない。
 負けるなオレ。オタクの本気を見せるんだ。

「その……オレの頭を撫でては貰えないでしょうか」 「……………………………………………………は?」

 草壁さんが気の抜けた『は』を言い放った。
 仕方がない。とても仕方のないことだ。何言ってんのこいつ、だ。

 ああ、どうしよう、女子高生に罵られるより怖いかもしれない。

「……頭?」
「はい」
「撫でるのか?」
「はい」
「……な、ぜだ? と言うかオレがか? 委員長ではなく?」
「はい、草壁さんです。閣下にされたら、もれなく首がもげます」
「分かった……が……何故俺だ?」
「その目が大変父親に似ておりまして、是非なでなでされたい」

 ははは、言っちゃった。
 どうしよう、実に気色悪い。

「………………」

 流れる沈黙が耳に痛い。
 彼の複雑そうな顔。
 心臓爆発しそう。

「父親に……か?」
「…………はい」
「……オレが?」
「…………はい」
「まだ中学生なんだが?」
「知ってます」
「………………」
「ごめんなさい」

 彼の沈黙に居た堪れなくなって、頭を自分の膝に擦り付ける。

 オレは今、青少年の心を傷つけた。
 やはり酷だった。中学生には酷だったのだ。

「草壁さん、ほんとごめ――――」

 下げた頭が上がらなくなった。

 オレが平謝りし続けている訳ではななかった。上がらない頭の代わりに視線だけを上へ向ければ、苦笑顔で……でも優しい笑顔でオレへと目を向ける草壁さんの顔。

 その目がやはり、父に似ていた。

「この歳で、こんなに大きな子供を持つ事になるとは思わなかったな」

 声が染みる。

「だがまあ……白井だけの父親と言う事なら、たまにだけ、買って出てやらん事もないさ。勿論少しだけだぞ。少しだけ」

 言葉が染みる。

「しかし、呼ぶ時は無論、俺の名前を呼べよ?」

 手が暖かい。

「俺の名前は、草壁哲矢だ。『父さん』なんて呼んだら許さん」

 ああ……その眼。
 その暖かい眼が、父さんにとても良く似ている。

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