ⅩⅩⅠ - 人皆旅人

◆ Ⅰ - ⅲ ◆ ⅩⅩ ◆

 草壁さんがどうして口ごもったのか。正直思い出したくなんてなかったけど、人間の脳は厄介なもので、嫌な事ほど鮮明に覚えているものだ。


 オレではない“オレ”を追い駆けて、そのオレを捕まえて、そのオレは女の子に化けて、オレはソイツを襲っている様な形になって、そんなオレを見たツナ達は、オレを本格的に犯人だと思ってしまって、その後はもう流れるように……

「……痛い」
「…………?」
「頬が痛い」

 喪失感だ。
 それが、オレの中の色んなものを締め上げている。

 おかしな話だと思う。ただ友人と喧嘩しているだけでしかないのに、オレの気持ちはこんなに凹んで、この世の終わりみたいな絶望と一緒に、くたばっている。

 おかしな話だ。

 彼らと関わりを持っていた方が、もっと、ずっと、おかしい事なのに。

「……白井?」
「……はい?」

 自分の、自分でも笑えるような妙な状況に考えを巡らせていたら、ふいに声を掛けられた。声のした方――と言っても顔のすぐ横だ――に目を向ければ、眉を変にしかめた草壁さんの顔が目に入った。

「……どう、かしたんですか?」
「いや、それは俺の台詞なんだがな……湿布を貼り終わった、と何度声を掛けても聞こえてない様子だったんでな、呼んだ次第だ」

 ……おや?

 言われて自分の腹部を見やれば、さっきまで捲くられていた服が綺麗に覆いかぶさっている。ついでに、腹部の痛みを冷やす冷たい感触。

 何時の間に。

「…………大丈夫か?」

『何が?』――なんて、返すのは、きっと駄目だ。
 かと言って『大丈夫です』と、問題をはぐらかすのはどうなのか。
 ……いいや、きっと、今のオレには『それ』がこの上ない上策だ。

「大丈夫……です。痛みも冷やされてか、騒ぐほどでもなくなったし、この……頬の傷も草壁さんがしてくれたんですよね? まだ、じくじくするけど、もう……大丈夫です」

 横になっている体を起こしながら『大丈夫』で始めて『大丈夫』で終わらせる。オレの返答に草壁さんは、何も言わず体を起こすオレに手を貸してくれた。

 きっと“それ”は、彼にとっての上策だったんだろう。

「何から何までありがとう、草壁さん」
「ああ」
「て言うか酷いですね閣下。殴るなら殴るって言って欲しいですよね」
「………………」
「とか言って、言われたからって対処も何も出来ないんですけどね」
「……そうだな」
「本当あの人、武術の前に常識学んでくれないかなあ……」

 なんとなしに言葉を並べる。
 並べている言葉に特に意味はない。
 ただ、声を出していないと、どうしようもない気分になる。

 だから、これは、きっと、ある種の“逃げ”だ。

「…………はあ」

 情け無い自分に自然と溜め息が出た。
 草壁さんは変わらず沈黙を落としてくれる。

 部屋の中が妙に静かになる。

 耳に届くのは、備え付けられた時計の音と、自分の左手首に巻いてある腕時計の音だけ。少し古びたそれの丸い金縁を指でなぞりながら、何を考えるでもなく時間を潰してから……ふと、口が開く。

「……どうなっちゃうんですかねオレ」

 沈黙に耐えかねて、と言う訳ではない。
 なんとなくの、大した事ない疑問だ。

 詳しい事情を知らない人間にしてみれば、オレは学校に居て欲しくない人間に違いない。だとしたら、このまま学校に留まる訳にもいかないのだけれど……そうなるとオレは、やってもいない『強姦未遂犯』なんて汚名を認める事になってしまう。勿論、ツナ達だってオレを疑ったままだ。

 疑われたまま、尻尾巻いて逃げ隠れるしかない。
 つまりそれは、ヤツの思い通りと言う事か。


 それはなんだか、とても、癪だ。


 このまま泣き寝入りしなければならないような自分も癪だし、オレの事を何故だか嵌めたアイツも非常にむかつくし、勢いあまってオレを取り巻いている全てが癪な気もしてきた。

 訳も分からず世界移動してしまって、訳も分からず小さくなってしまって、訳も分からず強姦未遂の犯人にされて、訳の分からんヤツにはめられて、訳の分からんまま完全なる悪役になってしまって、嫌われて、殴られて、閣下にフルボッコにされかけて……


 冗談じゃない。 

(オレがやらねば誰がやる……)

 ……なんて、戦意を高揚させたところで主人公がオレじゃB級映画にもなりそうにない……けど、そんなん知った事じゃない。だって、オレの喧嘩だもの、オレがやらねば他にやってくれる人なんて、悲しいかな、いないのだもの。

 ……凹む。

 やっぱりオレは、所詮モブキャラだから、そんな簡単に、元気百倍、にはなれない。だから……と言うか、ちょっとくらい手を借りたって構わないだろう。だってオレは、一人じゃガヤしか出来ない、しょうもないモブキャラなんだ。


 背中を押してくれる生暖かい手を求めたって、別にいいじゃないか。

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