ⅩⅩⅢ - 人皆旅人

◆ Ⅲ - ⅲ ◆ ⅩⅩ ◆

 青い空をバックに、野球の球が、放物線を描いて飛んでいく。


 オレが打ち上げたそれは、いつもの様にフェンスに当たって、ホームランボール扱い。そうなれば余裕を持ってホームまで帰れるので、いつも応援に来てくれてる女子達に手を振りながら走る。そして、靴越しに足の裏へと伝わる、ホームベースを踏む感触。


 凄く気分がいい。


 でも、それよりもっといいのは、みんなで繋げて踏めた時のホームベースの感触だ。確かに、ホームランを打って、すっげー歓声の中で走って、ヒーロー見たいに帰ってくるのも悪くはない。

 悪くはないんだけど……やっぱり野球はチームスポーツだから。みんなで頑張って、みんなで繋げて、みんなで走って、そんでのホームベース。そういう流れが、一番、チーム、って感じがしてオレは好きだ――――





 部活が終われば、青かった空がいつの間にか大分暗くなってた。

 冬は早くに太陽が沈むから、一日が短い感じがして、なんか損した気分になる……って事を親父に話したら、一日はいっつも二十四時間だ――って、笑われた事がある。

 んな事は分かってるんだけどさ、なんでかすぐ一日が終わってる気がするんだよな。現に夏は、もっと長い感じがするしな。やっぱ冬って短いんじゃねーかなと思う。


 ユニフォームから制服に着替えて、部室を出る。


 部員に挨拶しながら校門に向かえば、その短い時間だけでも、もっと辺りが暗くなっていた。『やっぱ陽が暮れんの早いよな』なんて、また親父にとやかく言われそうな事を考えて校門を出れば、風。

 冬場特有の、冷たくて、鳥肌の立つ痛い風が、オレの頬や首元をくすぐるようにかすめていく。『雪でも降るのかな』――なんて考えながら、鞄に突っ込んでたマフラーを取り出して首に巻いた。

 大分ましになった首元に『これ作った奴は天才だ』と、何処の誰とも知らない奴に感謝しつつまた走り出す。部活のある時はツナ達と帰れないから、ちょっと暇だ。一人で帰るってのも、まあ、悪くはねーんだけどさ。やっぱ、楽しいに越した事はねーし……


 ……そう言えば今日のツナは、いつも以上に白井の事を見ていた。


 何であんなに気にすんのか、オレには分からない。
 同じ家に住んでると、気でも使うんだろうか?
 それとも、もっと別の理由でも……


 ……と、空を仰いで考えてたら、声が耳に届く。


 視線を降ろせば、前方――学校の行き帰りによく通る、小さな川橋。そこでなんつーか……攻防戦だろうか? をしてる三つの影。顔の方は暗くて、距離もあって良く見えない。

 聞こえた声は、どうやら言い争いの類だったみたいだ。

 オレより少し小さい奴……たぶん、ツナくらいの身長だろう男子学生が一人。対してもう二人は、小さい奴より少し大きいくらいの、こっちもまた男子学生だ。三人とも並盛中の連中みたいで、二人組みが小さい一人をおちょくっているように見える。

 目を凝らせば、二人組みの方が、きらりと光る何かを放り合っていて、ちっこいのは、その何かを奪い取ろうとしているみたいだった。

 二人組みに飛び掛かるちっこいのは、結構動きがいい。二人組みの方はギリギリで避けてる感じだから、この具合でいくと、二人組みが先に体力なくなって、意外とすんなりちっこい方が勝つかもしれない。

 けど……

(……ほっとけねーしな)

 嫌がらせされてるのを、見て見ぬふりってのも気分が悪い。
 とりあえず、助けた方がいいだろうと思って、脚を踏み出した。

 瞬間。

『――――それは、何かおかしくないか?』

 頭の端を、疑問がかすめる。
 オレの今の行動を、オレの中の何かが一瞬、否定した。

 歩き出そうとしていた脚が動かなくなって、少しだけ寒気がした。オレは今どんな事を思ったのかと、考える。オレは今、何をしようとしていたのか、思い起こす。オレは今日、何をしたのか……


 ……考えて、理解して、絶望した。


 そこで思考が切れる。


 水音が聞こえた。
 それも一際大きな。

 さっきまで見ていた三人に意識を戻せば、影が一つ減っていた。いなくなったのはちっこい奴で、残ってる二人が橋から上半身を乗り出して、川の方を見下ろしているのを見るに、どうやらさっき聞こえた、水音はちっこいのが川に落ちた音らしい。

 いきなりな事態に焦るが、続いて聞こえてきた笑い声に、すっと頭が冷めていく。静かな道に響く、二人分の笑い声。何がおかしいのか、連中は笑い続けながら、何かを川へと放り投げて、その場を去って行った。


 ……なんで、こんな状況で笑ってられるのか、分からない。


 ぐちゃぐちゃとした、もどかしい気持ち悪さが腹の中に溜まる。
 だけど、そんな事に気をとられている場合じゃないので、頭を振った。

 橋へと駆け出す。

 手すりに体を預けて、川の方へと目を凝らした。
 人はいない……ような気がするけど……確かに落ちたはずだ。
 だけど水音が聞こえない……まさか溺れているんじゃないよな。

 そこまで考えた所で、橋の場所より少し川下の方から、人の息継ぎと水音が聞こえてきた。下げてた視線を上げて、そのまま目を凝らせば、川の中で動く、何か……多分、さっき落ちた奴だ。

 何がどうしたのか、水面に顔を出したそいつは、川から上がろうともしないで、揺れる水面に合わせてプカプカと浮いてる。ほっとくと何時までもそうしていそうな雰囲気に、とりあえず――と、声を掛ける事にした。

「大――――」

『大丈夫か?』

 そう声を掛けようとしたオレの言葉が途中で詰まる。
 川の中で何かを探す様に、左右に首を動かすちっこいの。
 少しの明かりの中、水に濡れた真っ黒な髪がキラキラした。
 その、見覚えのある黒い髪と、それがまとわり付いた横顔……


 白井時。


 その姿を目にしてしまったオレは、出しそうだった声を思わず飲み込んだ。たぶん、さっきの二人組みは白井に嫌がらせをしてる奴と、その仲間だ。そして投げられた物は、おそらく、白井が探してた腕時計。

(……どうする?)

 この状況にオレの頭が悩む。

 川の中の白井は、時計を探してるのか、潜ったり浮き上がったりを繰り返してる。オレも手伝うべきなのか。寒いよな。冷たいよな――そう考えたけど、いやでも――と、オレの頭はオレの考えに首を振る。


 これは、あいつへの罰なんだ。
 されて当然の報いなんだ。


 言い訳みたいなそんな事を、オレの頭は繰り返す。真っ暗な川の中でキラキラと光る黒髪に目を向けながら、助けようとする自分を押し殺して、オレはその場を後にして家へと向かった。


 どうせその内諦めるだろう。
 時計なんて何処にでも売ってる。
 引き際ぐらい分かっているはずだ。

 大丈夫。
 大丈夫だ。
 大丈夫なんだ。


 そう、何度も何度も、頭の中で繰り返し繰り返し、オレはオレに言い聞かせた。なんでか苦しくなる胸を無視して、なんでか熱くなる目を擦り上げて、そんな自分から目を逸らす様に、何度も、馬鹿みたいに、自分の中で『大丈夫』を繰り返した。

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