ⅩⅩⅢ - 人皆旅人

◆ Ⅲ - ⅳ ◆ ⅩⅩ ◆

『昨日より寒くなる』


 何時も見ている天気予報士のお姉さんが、冷たそうな風に吹かれながらそんな事を言っていた。何時もなら、気温がどうの、なんて気にもしないで家を出るのに、なんでだか『昨日より寒い』って部分が、オレの頭の中をぐるぐるとして、少し鬱陶しい。

 だけど、そもそも深く考えるような性質でもないから、鬱陶しいけどまあいいか、ってなもんで、家を出てすぐに気にならなくなった。なったけど、気にならなくなったのと同じぐらいの早さで、オレの頭は『昨日より寒くなる』を、また鬱陶しいぐらいに気にしだす。


 川だ。
 川。


 視界に入ったその場所を意識した途端、馬鹿みたいにオレの心臓が活発化しだした。その癖、さっきまで難なく動いていた脚の方は、馬鹿みたいに動きが鈍くなる。

 それでも、なんとか笑顔を取り繕って駆け出せたのは、見知った顔がその場所にいたからだろう。意識を無理やりそっちに引きずったから、違和感はあったけど、気にするほどじゃなかったと思う。

「よっ!」

 駆け寄りながら声を掛ければ、二人がこっちを振り向いた。

 何時もならここで、それぞれが挨拶を返してくれる。けど、なんでだか今日は二人ともから返事がない。しかも振り返った二人の表情は、体調でも悪いのか何なのか、随分と浮かない顔だ。

「……どうした? なんかあったのか?」
「あ、ああ……うん……その」

 何時もと違う二人を疑問に思って、何となしに訊いてみれば、ツナの表情が更に曇り出す。訊いちゃまずかったか……そう思ったけど、何か言いたげなツナを見るに、どうもそう言うわけでもないらしい。

 口を開いては閉じてを繰り返しているツナに、オレの方から言葉の先を促すように言うべきなのか、それとも待つべきなのか、いっそやっぱり訊かない方がいいのか……

 ぐるぐると、オレにとっては中々に難しい問題に首を捻っていれば、オレでもツナでもない、もう一人……獄寺が、不満そうな顔で口を開いた。

 何が不満なのかと思ったけど、理由はすぐ分かった。
 そしてやっぱり、訊かないのが正解だったってのも……

「……白井の事なんか気にする事ねぇっすよ十代目」

 白井。
『白井時』……だ。間違いなく。

「し……ろいが、どうか、したのか?」

 訊く必要なんてないってのに、気が付いたら勝手に口が動いていた。

「はあ? なんだよテメェまで」
「そ、れは……い、いいからどうしたんだよっ。何か……あったのか?」
「…………」

 獄寺の目が不振そうにオレを睨む。

 何時もなら、獄寺の目なんてどうって事ないのに、なんでだか今は日本人とは違う色をした鋭い目が……怖い……のか、はっきりと言葉に出来ないが、とにかく、直視できない。

 とうとう獄寺の睨みに負けたオレが視線から逃げようとしたところに、ツナがようやく「時が……」と、呟いたのが聞こえてきた。それに反応して、獄寺の睨みがオレから外される。

 ……助かった。
 何であんなに焦ってたのか分かんねーけど、とにかく助かった。

「えっと、そのさ……昨日、時、うちに帰らなくってさ、今朝になったら帰ってくるかと思って待ってたんだけど、帰ってなくて……」

『……連絡も何もないから、母さん達が心配してるんだ』

 そう、搾り出す様に呟かれたツナの声。
 少し震えたその声を耳にして、心臓が馬鹿みたいに跳ね上がった。

 昨日、オレはこの川で白井を見ている。でもすぐ帰ると思ってた。時計なんか新しいのを買うと思ったから。だけど、時は昨日、帰らなかったんだ。きっとあのまま、時計を探してたに違いない。このくそ寒い冬に、痛いくらいに冷たい水の中で……

「――――わっ! や、山本!?」

 ツナの驚いている声が耳に届いた気がしたけど、それどころじゃなかった。気づけばオレは、体を橋の手すりに乗り上げて、下にある川のあちらこちらへと視線を泳がせ、人を――白井を探していた。

 昨日と違って、明るく見やすい水面に目を凝らす。
 けど、人の動いて出来るような波紋は、何処にも見て取れない。

『もしかして』――と、一瞬嫌な考えがよぎったけど、そんな一瞬の後にオレの耳は大きな水音を捕らえた。それに束の間、安心はした。したけどそれは本当に束の間だった……

 橋のすぐ下――オレの居る場所の真下。

 音の聞こえたそこに目を向ければ、街灯じゃなく陽の光できらきらとしている真っ黒な髪の男子中学生がいた。格好は指定ジャージのまま。潜ってた所為で消費した酸素を、体全体で取り込んでいるらしい、息が荒い。

 そして声を掛ける間もなく、そいつは川の中へと戻っていった。
 真冬の川だ。冷たくて、それはきっと肌を刺すように痛いはずだ。

(……まさか……まさか一晩中ずっと?)

 まさかと思うそんな状況に、オレは絶句した。

 こんな時期に、こんな所で泳いでどうなるかなんて、オレにだって分かる。潜ったその背中に声を掛けないと、放っておいたらとんでもない事になる。

 それは分かってるってのに、頭が、体が動かない。焦りか、混乱か、後悔だか、何なんだか、色んな事が一気に押し寄せてきて、一体何をどうしたらいいのか、どんどん、どんどん、分からなくなって……

「なっ! なんで時、川で泳いでんのっ!?」

 ツナの大声で、はっとした。

「マジで頭いかれたかっ?」
「って、そそそ、そんな事言ってる場合じゃないっ! 早く止めないと! こんなくそ寒いのに寒中水泳って、風邪なんかじゃすまないよ!」
「……あ、い、や、十代目。好きでしてんなら、別にいいんじゃ……」
「は……はあ!? ご、獄寺君、マジで言ってんのっ!?」

 ありえない、とでも言うように、ツナが獄寺を見ている。

 そりゃそうだろうと思う……思うだけだった。あんな状況の人間を放って置くなんて、普通じゃない。普通じゃないのは分かってるのに、一気に冷えたオレの頭は、気付けば獄寺の意見に賛成していた。

『好きでやってんだから、オレ達がとやかく言う事じゃない』

 ……一体何度目の言い訳紛いな言葉だったかなんて、数える気もない。そもそも、どうしてオレは、誰に聞こえるでもない言い訳を、頭の中で繰り返してんだか、それも分からない。

 ツナを無理やり引きずるようにして、橋から離れた。

 どうしてオレは、さっきまでとろうとしていた行動と真逆の事をしているんだろうか。助けてやるのが道理だろうに、なんでオレはこんなに急いで橋から離れて行ってんだ。

 ぐるぐるする。

 分からない事だらけで、頭ん中がぐちゃぐちゃして、水音が……
 水音が、頭ん中で反響して……気持ち悪い。

****************************** Next Page.

BACK   NEXT
TOP    SITE TOP