ⅩⅩⅩⅤ - 人皆旅人

◆ Ⅴ - ⅳ ◆ ⅩⅩⅩ ◆

 微かに聞こえてきた声に、半ば本能的に顔を上げれば、目の先にある十字路に見覚えのある姿が二つあった。片方は、黒い髪を頭の後ろで結わった少女。そしてもう一人は、茶色の髪を首の辺りで整えている少女。

 三浦ハルちゃんと、笹川京子ちゃんだ。

 何故二人がここに? それは考えなくても分かる事だ、家に帰る為に決まってる。だったら、どうして帰路についているだけの少女二人が、あんなにも怯えた顔で、逃げ惑っているんだ?

 ああ、それも、勿論、決まってる――――

「二人に近寄るなあああああああああああああっ!!」

 二人が十字路からオレの視界を横切った後に続いて、もう一人、同じ道から姿を現した人間がいた。髪は、夜の空と同じ色の、黒。目は遠めなのでよく見えないが、髪と同じ、黒で間違いない。

 その姿が何者かをすぐに理解したオレは、叫びながらに全速力で前方へと駆け出していた。特に何かを考えての行動じゃない。突発的な行動だ。人間っていうのは、大方が、瞬間的な本能で生きているに違いない。

 叫んだオレの声に、少女二人がこちらを向いた。大きな恐怖が、その顔に滲んでいたが、オレを見た瞬間にそれが驚愕の表情へと塗り変わったので、一瞬でしかないにしても、怖さを忘れさせる事が出来て良かったと思う。

 考えなしの行動も、役に立つ時は、立つらしい。

「……くくく、まるで騎士気取りじゃないか。見事なまでに“謀られている”この状況で、何を守る気か知らないが……ご立派なことだ」
「う、うるさいよ! 二人ともっ、オレの後ろに隠れてて!」
「と、時君……っ?」

 京子ちゃんの声音が、はてな満載だったので、苦笑だ。

 そりゃあ、目の前に全く同じ顔が二つもあるんだ。驚きもするだろう。しかも、双子云々、とか言うレベルじゃない。もうなんて言うか、まるっきり一緒なのだ。髪も目も、声も背丈も、きっと黒子(ほくろ)の位置まで一緒なんではないかと思う。

「説明は後でするからっ! とりあえず今は逃げる事だけ考えようっ!」

 二人を背後へと押しやって目の前の人間――オレの姿を模している“ヤツ”と対峙する。この間は、本当の姿を晒していたけれど、今回はまたオレの姿だ。その姿で、また京子ちゃんを……今度はハルちゃんまでをも魔の手にかけようとしていたなんて……許せん!

「オレが勇者だ……オレが勇者だ……オレが勇者だ!」
「は、はひ! 時さん、でも、あの時さん、なんか変で……あ、時さんが変とかではなくて、えっと、あの時さんは、なんだかエスパーな感じでしてっ!」
「うん分かってる! 大丈夫だから! 二人はオレが守るから! ツナより全然頼りないけど、大丈夫! 可愛い存在はなんとしても守る! オレが勇者だ……オレが勇者だ……オレが勇者だ!!」
「ヘ・タ・レ」

 空間に走る、赤い閃光。
 五秒と保てなかったオレの勇者魂。
 自己暗示なんて簡単に出来やしない上に、オレは所詮ただのオタクだ。

「それでも……やらなきゃならないんだよっ!!」
「時君……っ!!」

 一歩間違えば、英雄譚の主人公っぽい台詞だ。
 けど、間違えちゃいけない、オレはただのオタクだ。

「そう……君はただの人間だ。“彼ら”とは違う」
「知ってるよそんな事っ!」
「さあ、だったらどうする」
「兵法第三十六計――――二人とも走って!」

 兵法第三十六計――『逃げるが勝ち』とは、よく言ったもんだ。

 振り向きざま二人へと走るように支持して、オレも後を追うように疾走する。勿論、相手から目を離すのはどうかと思うけれど、向こうはこちらをなぶる様な所があるので、すぐには仕掛けて来ないと踏んでの行動だ。

 危ない賭けではあるけれど、案の定向こうは、すぐに行動を起こす気はないらしく、余裕の笑みで突っ立っている。そんな“ヤツ”に、苛立ちを覚えながら、問答無用で、次の一手に出る。

 こういう現状に直面して、法律がどうのなんて言っていられない。
 銃を作った人に、感謝感激だ!

「――――覚悟しやがれっ!」

 住宅地に響く大きな破裂音。
 そして、その音の所為で、か細く聞こえる、人間が走る音。
 どちらも、オレの出した音だ。

 鞄から取り出した自動式拳銃を奴に向けて引き金を引いたはいいが、予想通りというか、全くもって効きやしなかったので、京子ちゃん達が逃げた方へと自分自身も全力疾走。走りながらに奴の方を振り向いたが、やはり向こうは追いかけてくる気はないらしい。だけど、その余裕さが逆に不気味で背筋が凍る。

 オレ一人で、少女二人を守る事が出来るのだろうか?

 いや、しなくてはならないんだろうが、オレが出来る事と言えば、効果がほとんどない銃を滅多撃ちする程度だ。しかも、その些細な抵抗も弾が無くなってはその内出来なくなってしまう。

 ああ、絶体絶命とは、この事に違いない。

 だけど、今、あの子達を守れるのは、図々しいがオレしかないのだ。そりゃあ、オタクでもって、英雄になる資格なんて微塵もない人間だけれども、やらなくちゃいけない時ぐらい心得ている。そう、それが今なのである!

 本物のヒーローが駆けつけてくれるまでは、英雄になってみせる!

 さあ!
 オレの勇士に、ときめいてくたばれ!

****************************** Next Page.

BACK   NEXT
TOP    SITE TOP