◆ Ⅶ - ⅲ ◆ ⅩⅩⅩ ◆
あれから、何日経っただろうか。
あの日以来、いくら拳を振るっても心が晴れない。己の不甲斐なさと、白井へ対する疑心と、よく分からない己の中の『何か』が騒ぐ感覚……
はっきり言って、気分のいいものではない。
畳み掛けるように、沢田がボクシング部の部室へと押しかけてきた。しかも、タコヘッドまで連れて。入部の事ならば問題はなかったのだが、絶えず白井に関しての事だ。毎日のようにそんな話を持ち出されては、沢田といえど流石に、頭にくる。
聞き入れる気はなかった。たが沢田は、半ば強行して『白井が犯人なのは誤解だ』と押し通してくる。少し前まで、俺と同じように白井を避けていたというのに……解らない。
『沢田が間違っているのだ』
そう思いもするが、沢田はそんなに判断の弱い人間だったろうかと、迷う。それとも、本当に俺が間違っているのか。京子を襲ったのは白井なのだと勘違いしているのか。だが、京子は気を失う直前に白井を見た、と、そう言っていた。
解らない。
何が正しいのか。
何が間違っているのか。
俺にはもう、理解できなくなっている――――
「――――――――クソッ!!」
学校からの帰り道。
いきなり己の拳に、衝撃と痛みが走った。
気が付けば、目の前にコンクリートの塀。
そして、そこにぶつけられている拳。
「あ……ああ……はあ」
最近、たびたび、こういった事をしてしまう。
物に当たるのは良くないのだが、イライラが募るとどうも、衝動的に動いてしまうらしい。精神の鍛錬が足りないのだと思い、朝のランニング距離を長くしてみたのだが……やはりそういう問題でもないらしい。
自分でも無論、原因は解っている。
『白井時』
どう気を逸らそうとしても、ふとした時に考えてしまう。
『犯人なのか』
『犯人でないのか』
俺は多分、心の何処かで奴の事を『信じたい』と、願っているんだと思う。だが、自分の中には奴に対する疑心も、確かにある。その二つが真っ向から喧嘩している為に、何をしていても、心が一切晴れないのだ。
もしかすると、白井に対する残りわずかな信頼は、思っていたほど他人を見る目がない己への釈明なのかもしれない。あるいは、本当に、白井を信じたいだけなのかもしれない。だが、俺の頭で、答えを出す事はできない。
……せめて。
せめて、どちらでも構わない。
『悪』なのか『正義』なのか。そのどちらが、はっきりとしてさえくれれば、俺の足りん頭でも少なからず、はっきりと答えを出すことは出来るのだが。
「いかんな……他力本願はいかん」
自分の求める答えは、自分で見つけなくてはならない。
だが、それでも、せめて、と願ってしまう。
「……せめて道標の一つでもあれば良いのだが」
「――――そっちだ!」
……どっちだ?
天の声なのか何なのか、呟いた瞬間に返答があった。辺りを見渡すが人影はない。何時もと変わらない住宅地だ。ならばやはり神の声か、と空を仰ぐが、特に羽の生えた物体などは飛んでおらず、星のある見慣れた夜空があるだけだった。
疲れてでもいるのか……疲れは溜めないような生活を心掛けていたのだが、とうとう俺も疲れを感じるような歳になってしまったという事だろうか。
「…………はあ」
頭など使うものではない。
無意味に疲れるな、これは。
(……風呂にでも入れば問題ないだろう)
『さっさと家に帰るか』――そう、今まで考えていた事を取り払うようにして、特に重要ではない事を思いながらに、止めていた足を一歩前へと踏み出す。
靴底が地に付いた瞬間だろうか、それとも直前だろうか、分かりはしないが、その短い瞬間に合わせたようにして、俺の耳へと乾いた破裂音が届いた。
そして、同じ音が、一、二、三回。
すぐ近くからだった。爆竹だろうか。
だが、それにしては、肌がざわつく。
それに、その音に加えて、人の声も聞こえる。
はっきりとはしないが、少し恐怖に染まっているような気がした。
「一体何――――」
が起こっているのか――と、誰に尋ねたわけでも、答えが返ってきたわけでもないが、思いのほか状況はすぐに変わった。
目の前の丁字路を横切る、二人の女子。
先に認識したのは、黒髪を頭の後ろでまとめている、見覚えのある女子だった。確か、沢田の知り合いだったように思う。そして、もう一人。茶に近い髪を首元の辺りで揃えた少女。
――――俺の妹、笹川京子。
今日は確か、沢田の知り合いと一緒に出かけたはずだ。それならば、大丈夫だろうと、俺も安心して部活に専念した。だが、今のは一体なんなのだ。目に涙を貯めて、何かから逃げるように、走っていた、今のは一体なんだ。
「京――――!」
「――――っくそ!」
無意識の内に京子の名前が喉をついた。
それに重なって、聞き覚えのある声が聞こえた。
それと同時に、俺の目があいつを捉えた。
驚くほどの黒い髪に、髪と同じ黒い眼。
並盛町にも、だいぶ馴染んできた顔じゃないだろうか。
絶望した。
どうしてなんだ、と。
そうして、俺のこの疑心を徹底的に否定してくれないんだ……と。
身勝手なわがままを――――俺は“思うはず”だった。
状況は、いい筈ではないのに、笑っている俺はどうかしている。
なあ……そうだろう、白井――――
「――――もういい加減にしろよ、あんた!」
「“良い加減”で追い詰めていると思うんだがね。どう思う?」
「知るか! どっかいけ変態!」
耳に破裂音。
視界には、二人の『白井時』。
銃を撃った方が、京子達の走り去って行った方へと消えて、もう一人の『白井時』が俺の視界に残る。意図してかそうでないのか、興味すら沸かないが、残ったそいつは俺の方へと視線を向けた。
それはおそらく、意図しての事だろう。
「……いいのかい? 白井時が、君の妹を追いかけていってしまったようだけれど……殴り倒しに行かないと、君の大事な妹が襲われてしまうかもしれないよ?」
「聞く耳持たん」
「くっくっくっく」
――――消える。
俺の視界には、誰もいなくなった。
“そういう”小細工ができる奴だったのだ。俺の敵は。
礼を言うべきか。
もう、迷いは消えた。
京子達を守る為に、銃を握った“あの”白井が『正義』だ。
その白井と対峙して、ほくそ笑んでいた“あの”白井が『悪』だ。
ああ……ああ、良く分かった。
俺の拳は“お前”に向けよう。
俺の拳は“お前”に捧げよう。
「さあ……“試合”を始めようではないか――――」
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