ⅩⅥ - 人皆旅人

◇ Ⅵ - ⅲ ◇ Ⅹ ◇

 実に、気まずい。


 並盛中にて放課後を迎えた訳なのだが、ただ今オレは、一人で、もう一度言おう、ひ・と・り・で! 並中風紀委員の根城……もとい、活動拠点の応接室へと来ていたりする。

 理由は、仕事の報告と、次の仕事を受け取る為。

 なんと言っても時さんってば風紀の狗だからね。言ってて悲しくなるけど仕方がないのよね。なんだかんだ学校へ通えているのは、素ん晴らしい権力を持つ彼のお陰な訳だしね。


 でもそれと、今のオレの気持ちは関係ないのよね。


 喧嘩した友達と会う時の心境ってこんなだったと思う。もっとも、閣下と喧嘩なんてしたらオレの方が確実に負けるんだけれども。昨日のは……ほら、喧嘩と言うかなんと言うか。

 ……なんと言うかなあ。
 やっちまった感があるよなあ――――




 ――――昨日の放課後。

 一年A組へと閣下がやって来たかと思ったら、オレは彼に“強姦未遂事件の容疑者宣言”をされた。彼等の情報網が優れていたのは言わずもがな知っていたオレだが、流石に不意を突かれて驚きを隠せず動揺してしまった。そんなオレを想ってくれたツナが勇気を振り絞り閣下に食って掛かった訳だが、その際に閣下は、ツナを追い詰める言葉を吐いた。

『君は心の何処かで思っている筈だ。彼が犯人ではないのか……ってね。だからそうやって必死に否定する。認めたくないから。信じたくないから。邪魔な答えを消しにかかる』

 この言葉を聞いて、ツナは傷ついた顔をした。

 オレは疑われてる事なんて気にしない、疑われて当然の場所にオレはいるから。でも、ツナがそんな顔をするのは、嫌だ。ツナはただ、オレを気遣ってくれただけなのに。

 だから、ついつい閣下に食って掛かっちゃったんだよな。なんでオレ、強気になんか出ちゃったし。なんでオレ、頭に血が上ると我を忘れて、暴走しちゃうんだよ。オタクの分際で生意気だ、とか言われて東京湾に沈められたらどうすんだよ。

 ………………あ、嫌だ。怖い。帰りたい。
 応接室の前にいるだけで、死亡フラグとか、ねえわ。

 でも入らないと屍すら残らない気がしてならない。
 だからこそ、頑張るんだ白井時。君ならやれる。せめて屍を残せ。

 反応が無いただの屍に、オレは必ずなってみせる!!

「――――っ失礼しますっ!!」

 意を決して扉へと手をかけたオレは、目を瞑って勢い良く右手を動かした。その後に聞こえてくるのは、扉がレールの上を走る音と、そのレールが切れて扉が壁にぶつかる音。それからまくし立てる様に話し出す自分の声。

「昨日頂いた分の仕事を完遂したので報告&提出に参じました! 間違っている所があったら咬み殺すとまではいかずに是非とも半殺し辺りで止めて頂きたく思う所存でありますれば、ついでに昨日は実に申し訳のない事をしてしまいまして、謝罪と釈明が出来ればさせて頂きたく、っていうか単なる気の迷いでありまして、決してたて突くつもりなんかなくて、東京湾には沈められたくなくて……! あ、そ、それから、今日の分の仕事を早急にお渡しして頂ぎ――――っ!」

 おおおお、落ち着けオレ!
 舌噛んだ! 凄く痛い!

 まくし立てたはいいものの、物の見事に舌を噛んでしまったオレ撃沈。血の混じった固唾を飲むとは、まさにこの事。今の事態で、閣下の不況を買ってはいまいかと思い、状況を確認する為に固く結んでいた瞼をゆっくりと開ける。


 開けたら、吃驚、たまかずら。


 いろんな意味驚いた。
 この人の設定って、木の葉の落ちる音でも起きるんじゃなかったっけ?

 目を開けて広がった光景は、まずは何も無く、革張り横長のソファーが二つと、高さの低い机があるだけだった。そしてその視線を左へとやれば驚いた理由である光景が広がる。


 応接室に置かれた重厚な机に、頬杖付いて眠る閣下の姿だ。


 背後にある窓から零れてくる夕暮れの赤色。それに染め抜かれた彼の姿は、まさに西洋絵画。日本人の癖に西洋絵画ってどうよ、とか嫌味を思いながらも、絵描き心にその姿から眼を離せずにいるオレがいる。

 実に癪だが、モデルとしては結構好きだ。
 メイドのお姉さん達にも、持てはやされていやがったし。
 なんだかんだで、絵的には美形らしいからね。いっそ、爆発しろ。

『オタクになって、ファン減ってしまえ!』と、念を送りながら閣下の眠る机の前まで移動する。流石に起きるかと思ったけど、その体は眠った体制のまま動かない。漫画での彼を見ている所為で普通以上に警戒しているオレは、少しだけ不審な目を向ける。


 何故起きない。


 まさか、眠った振りでもしているんではないか。
 まさか、まさか……死んでるとか?

 今オレの顔は机の上。身を屈めて顎を卓上に置いている為、閣下の顔は目の前。しかしそんなオレの状態にも気付かずに眠り続ける閣下。流石に不安になったオレは目の前で尚も睡眠を貪っている閣下のでこを小突く。

 起きてたら、即万死。

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