ⅩⅩⅡ - 人皆旅人

◇ Ⅱ - ⅳ ◇ ⅩⅩ ◇

 教室に入ると何時もの……見慣れた笑顔が目に入った。


 黒髪黒目のその人……時は、こんな状況だと言うのに毎日変わらず笑っている。しかも毎朝欠かさずオレ達三人へと挨拶を投げ掛けてくる。毎日毎朝、オレ達は返事すら返さないのに、気にせず毎日。

 勿論今日も「おはよう」と耳に届いた。
 でもオレ達は、聞こえない振り。また一つわだかまりが増える。

 もやもやしながら鞄を置いて、その後は何時もしばらくの間、三人――山本がいない場合は獄寺君が一方的に――で会話をしている。だけどオレはついつい時の姿を目で追ってしまって、山本達と話してる会話の内容は正直あまり覚えていない。


 時は今日も、花瓶の水を替えに行っていた。


 自分の席――教室一番後ろの窓際に座る前に、手に持っている青い花瓶を後ろの棚に置いていた。その花瓶に生けられてる花は、時の机に毎日の様に置かれる、手向けの花。

 俗に言う、いじめ……って、ヤツだ。

 毎日毎日、誰が置いてるのかは知らないけど、机の上にちょこんと置かれる。でも、なんと言うか、時には全然通用しないらしくって、毎日自分の机に置かれる花を、何処から見つけてきたのか、青い花瓶に生けてあの状態。結構手入れも行き届いてらしくって、菊の花やら薔薇やら、生ける人は何を考えているのか良く分からないくらいに種類が豊富なそれらは、毎朝綺麗に咲いている。

 なんとなくだけど、花を生けてる人と仲良くなっている気がしなくもない……少しだけ羨ましいと思う自分が、情けないやら図々しいやら、最悪だ。

「…………ああ、まただ、最悪だ」

 クラスの誰かに罵られた。
 ……わけじゃない。あれは誰かの心からの呟きだ。

 廊下から聞こえてくる、悲鳴とか呻き声とか、なんか聞きたくないたぶんきっとこれが阿鼻叫喚。この声が聞こえてくると必ず、自分の席について空を眺めてる時が、肩を震えさせる。

 オレも怖い。
 いやきっとみんな怖い。

「やあ、部外者。生きてるかい」

 声を聞いただけで心拍数が上がるのは、たぶんこの中学に通うほとんどの人間に備わってしまった嫌な持病じゃないかなと思う。そんな病気を振りまいているその人は、あの日以来、ほぼ毎日この教室へと顔を出すようになってしまった。

 理由は知らない。
 けどそんなものこの人――雲雀恭弥……さんにはどうでもいいはずだ。

「……ねえ、部外者、挨拶は」

 部外者、って言うのは雲雀さん特有の、時の呼び方だ。
 雲雀さんと時の初対面時、時が雲雀さんの許可無く校内に足を踏み入れた部外者だったから、それがそのまま定着したんだと思う。

「見て見てミクたん空が青いよ」

 筆箱の中の手作りキャラ消しゴムを弄る振りして、華麗に無視してる。
 凄い勇気だと思う。いや勇気じゃないな。現実逃避だな。

「………………」
「………………」
「……また花が増えてるね。随分と愛されている様で安心したよ、変態」
「……っく。耐えろっ。この程度の煽り煽りにも入らぬわっ」
「誰にも構ってもらえなくてついに人形遊びか…………はあ」
「……っく。人形じゃねーしっ。ミクちゃんだしっ」
「君の親がとても不憫だ」
「ああああああああ! 貴様は今言ってはならない事を言いやがった!」
「やあ下僕」
「……あっ! うおあっ! ちくしょっ!」

 雲雀さんをたまに頑張って無視する時だけど、すぐに耐えられなくなって、こうして反応して落ち着く「挨拶」「畜生! サーイエッサー! おはようございます総統閣下!」これもまた、最近では日常化したやりとりだ。


『オレには絶対に真似できないな』


 そんな事を思いながら、やり取りを眺めていると、必ず一度、雲雀さんと目が合う。勿論オレは怖くてすぐに目をそらすけど、これも……多分オレ一人だけしか気づいてないだろう、もう一つの日常化したやりとり。

 なんだか少しだけ、あの目に責められているような気がする。
 これはオレに後ろめたい気持ちがあるからなのかな……

「……じゃあ今日はこのくらいにしとくよ、くれぐれも死なないでね」
「君がそれを言うのはとても間違っていると私は言及するぞ」
「文句?」
「なんでもないですちょうこわいこっちみんな」

 今日も雲雀さんは、時を苛めるだけ苛めて去っていった。
 このやりとりにどんな意味があるのか、やっぱり気になる。
 勿論、意味なんてないのかもしれないけど……

 何しろ“あの”雲雀さんだ。

 群れるのが嫌い。人助けなんてきっと考えもしない。むしろ他人をいたぶるのが大好きな人間……だと言うのに、まるで時を悪い噂から守っているみたいに『自分の下に付いている人間だから手を出すな』みたいな感じで、時に毎朝会いに来る。

 山本や他のみんなは『見張ってるんじゃないか?』とか『犬だからじゃないのか?』とか色々言ってるけど、やっぱり雲雀さんには何かあると思うんだよな……

 ……て、確信も何にもないけど……

 ……けど、あの日の夜といい、その次の日のあの時といい、雲雀さんは何かを知っている上で、時を庇う……なんて事はしないだろうけど……とりあえず、そんな風な態度を、ちらほらしているような気がするんだ。

 そして、あの日。
 時が女の子を襲っていたあの日。
 時と雲雀さんがした会話が、オレの頭に未だに残ってる。

『この状況は何? “余計な事”をしたんじゃないの?』
『………………』
『……したんだね』
『違っ! だってオレがいたから! 追い駆けるだろ普通!? だから』
『だから何? 結果がこの有様なら“余計な事”だよ』
『それは!! ……それ……は……』

 何てこと無い内容に見える。
 ……と言えば、見える。
 でも、変な部分が一つある。


 時が言った『“オレ”がいたから追い駆ける』。


 勉強があんまり出来ないオレにだって分かるくらい、変な言い回し。まるで、自分を追い駆けていたみたいな言い方だ。時は時なのに自分を追い駆けるなんて変な話だから、ずっと引っかかってた。でも、オレの頭なんかじゃドラマの刑事みたいな推理なんか出来ないもんだから、引っかかったまま、そこで止まってる。

 止まったまま引っかかって、なんか、喉の奥に何かが詰まった感じで。


 凄く……気持ち悪い。

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