ⅩⅩⅡ - 人皆旅人

◇ Ⅱ - ⅵ ◇ ⅩⅩ ◇

 体育が終れば、当然着替えだ。
 女子が先に着替えてから男子が、と言う順番。
 中学生にもなれば当然だけど、ちょっとめんどくさいなと思う。


 ちなみに、試合の結果は時のチームが勝ちだ。
 最後に獄寺君が奮闘してたけど、時の奇行が勝っていた。
 あれは軽く卑怯だと思う。人間技じゃなかった。人としてどうなんだ。

 そんなもんだから着替えてる間中、勝負の結果に不満を隠せてない獄寺君がぶつくさ言ってるのが聞こえてくる。ついでに殺気もまだ垂れ流してる、怖い。

 しかも獄寺君をそんな状態にした当の本人は、そんな殺気なんのその、勝負に勝って気分がいいのか、微妙に掠れてる口笛を教室に響かせて、誰が見ても上機嫌そのものな表情だ。

 だけど、ふと、時が首を傾げる。

 何だと思えば、時の机の上がみんなの物より随分スペースが開いているのに気付いた。他のみんなの机には、脱いだジャージと体操着とか、まだ着替えてない制服とかが乗っかってる。でも時の机にはそれが無い。

 オレの頭は自然と、何時も時がされている嫌がらせを思い浮かべた。

 何時も何時の間にか、誰かが時に嫌がらせをしていた。
 本当に何時も、誰がしたのか分からないくらいに、何時の間にか。


 何時の間にか、教科書を隠されて(時は授業中寝てるから、あんまり意味無いんだけど)何時の間にか、机に落書きされて(一回失敗したのに懲りずにやってる。時も時々描いてたりしてた)何時の間にか、花が置かれて(最初に言ったとおり、その花は時が愛情込めて手入れしている)。


『嫌がらせ』……とは言うけど、それをされている側の時がそんな感じで楽しんでいるもんだから、嫌がらせには何時もなっていない。

 勿論今回も、自分の制服紛失に対して、時の顔はにやにやし出した。

 しばらくして何かを閃いた時は、教室後ろにあるゴミ箱へとジャージ姿のまま向かう。次いで、ゴミ箱の蓋を開けた時は、手をゴミの中に突っ込んで、捨てられていたんだろう、自分の制服を引き上げていた。

 一連の行動に全く迷いがないあたり、時には全部お見通しだったんだろ うな……オレだったら、軽く混乱して、もしかしたらちょっと泣いていたかもしれない……想像だけでも情けない。

「はあ…………」
「はああああっ」

 想像の中の自分の情けなさやら、想像でも情けない自分やらに、思わず溜め息を吐けば、オレの小さな溜め息をかき消すような、大きな溜め息が聞こえてくる。

 聞こえてきた方――時の方に顔を向ければ、外国人みたいなオーバーアクションでいかにも『がっかり』な感じでうな垂れている時がいた。

「おいおい、ふざけるなよ、なんだよこれ、がっかりだよ、ディティール低すぎだろう、これここは切り刻む所だろ、こんなベターな所に隠すんだから、それぐらい徹底しなきゃだろう、みんな優しすぎだよ、近年まれに見るいい子だよ、本心言うとまるっと無事でありがとうだよ」

 ……時の求めるいじめは、過酷じゃないかなって感があるよな。
 今でも結構酷い気がするんだけどな……オレがおかしいのかな。
 ……いや、そんな事ないはずだ。

 だって、もしもオレが同じ事されたら、たぶん学校いきたくなくなる。ただでさえ、ダメツナダメツナ言われてるのに、毎日嫌がらせとか、やってらんないに違いない。

 ……ああ、でも。

 もしもオレがあんな事されてたら、時は……助けてくれるんだろうか?

「…………時は」
「……何やってんだ?」

 声を掛けられた。
 少し焦る。

 別に考えが覗かれていた訳じゃないだろうけど、自分勝手な事を考えていた後ろめたさが、ついつい表面に出てしまった。

 けど、声を掛けられたと思って、焦りながら、なおかつ取り繕って着替えを再開しつつ顔を上げても、オレに声を掛けたらしい人はいない。不思議に思って周囲を見渡せば、みんなの視線が後ろに集中しているのに気付いた。

 釣られてオレも、みんなの見ているらしい所に視線を移せば、ゴミ箱を逆さまにしている時の姿が目に入る。勿論そんな事をすれば、ゴミが散らばる訳だけど、時はそれが目的だったのか床に散らしたゴミを、まるで検分する様に広げて……何かを探している? のかな。そんな感じだ。

 そこへ男子の一人が、咎めるように時へと声を掛けた。

「何やってんだよ馬鹿!! ゴミとっ散らかしてどうすんだよこれ!!」
「ごめん、後でちゃんと片付ける、ほんとごめん」

 クラスメイトに振り向きもせず、視線をゴミに落としたまま答える。その声はいつもと違って、感情の無い静かな声だった。そして、ゴミを漁る事に満足したらしい時は、ゴミを床に散らかしたまま自分の机へと戻る。

 そして今度は、自分の机の中を漁りだした。

 まだ貰って少ししか経っていない、綺麗な教科書を取り出して。
 オレが時にあげた、予備の筆箱も取り出して。

 教科書やノートの一つ一つを、丁寧に机の上に置いていった……かと思えば、今度は鞄。鞄を開ける前に、机の中を身を屈めて覗き込んでいたから、たぶん何か探しているんだろう。

 けどどうやら、その探し物は見つからないらしい。
 一通り探し終えた時は、その場で微動だにしなくなった。


 時の目に感情がない。
 何時もの明るい表情もない。
 こんな時今まで一度も見たことがない。


 立ち尽くしたまま動かなくなった時に、クラス中の視線が集まる中、注目されている時がいきなり覚醒。下ろしていた視線を、勢い良く上げて、教室の前方へと顔を向けた。

 ……かと言って、何かを見ている訳でもないみたいだ。
 ただ空中を見つめているだけのように見える。
 そして、一時の間の後。

 時がぽつりと、呟いた。

「時計が無い」

 感情を宿してない目に、少しだけ、何かが掠めた。

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