◇ Ⅳ - ⅳ ◇ ⅩⅩ ◇
「――――………………」
別に、留まる理由なんて無いってのに、何故だか橋の手すりに背を預けて、タバコを吹かしているオレ。
ココに来る前に咥えていたタバコが、何時の間にか無くなっていて少し焦った。タバコは路上に捨てるな、……と、十代目と十代目のお母様に言われていたので内心穏やかじゃない。今度は気を付けねぇと、と新しいタバコを咥え、川の様子を伺う為に橋の手摺りから身を軽く乗り出す。
別に誰を気にしている訳じゃない。
別に誰を探している訳じゃない。
なんとなしに様子を伺っただけだと言う事を、あえて言っておく。
……つーか誰も居なかったしな。
そもそも、このクソ寒い中、誰が川に居るってンだ……。
そう、自分の心の呟きに突っ込みを入れてから、口内の煙を空へと吐き出す。空に馴染んでいく煙を見ながらに、もう一度タバコを吹かせば、舌に馴染んだ辛味と、鼻に馴染んだ香りを感じて、気が休まる。
再度空に向かって煙を吐いてから、いい加減こんな異常に寒い所からは離れるか……、なんて事を考えた後、もう一度十代目の家に行こう、と手摺りに預けていた体重を前方にかけた。
……瞬間。
オレの思考回路を停止させる声が、右から響いてきた。
「……あ……」
言葉になっていない、声。
オレと違って声変わりしていない、低くなく……だからと言って甲高くない、丁度良い声。だが、何時も聞く声と違って、やたらと覇気の無い。
自分の足元に向けていた視線を右に向ける。
視線を躊躇する事無く向けられたのは、突然聞こえた声にオレの頭が驚いて戸惑う事すら忘れたからだろう、思いの他、首は容易く動いて。容易く動いてしまった為に、オレの目はとんでもない物を、なんの心構えも無しに捉えてしまった――――
「……ごっく、寺さん……じゃん、何してンの……こんなトコで……」
視界に入ってきたのは、ずぶ濡れジャージ姿の、白井時。
服も、髪も、肌にも。
白井の体が水になったんじゃないか、ってくらいにずぶ濡れだった。
力の無い微笑みを、オレへと向けている白井の足元には、ジャージに染み込んでいた水であろう水分が、水溜りをじわじわと作り出している。濡れている所為で寒いのか――いや寒いだろう――紫色の唇からは白い息が震えながら吐き出されている。よく見たら顔色も悪い。体全体も小刻みに震えて……。
……白井の姿を捉えたオレは、その状態に驚き、自分の目を限界まで見開いた。だが目の前の白井は、驚いているオレなんか気にも留めずに喋りだす。その声が少しか細い。
「……ぇぁっと……あ、ツナ……沢田さんち行くの? ……って、それしかないか」
自分の言葉に苦笑しながら左頬――傷が完全に癒えた場所を、左手人差し指でかく。その手には体を温める為に買ったであろう紅茶の缶が握られていた。その缶と共に目に映る手の先……爪の先も紫色だ。
「……ぇ、と、ぁ……の、引き止めてゴメンな……? お……れも、所用があるから。……じゃ、じゃぁ、な……」
所用。
そう言って、オレの目を見たソイツの目には、尋常じゃないくらいの疲労が伺えた。踵を返す白井が向かったのは、傍にある階段。その先に続くのは、冷たすぎるほどの水が流れる、川。
そこは確か、一昨日、何でか白井が寒中水泳していた……。
そう思った瞬間、オレの体は勝手に動いていて、何時の間にか階段を降りて行く白井の腕を掴んでいた。男の癖にやたらと細い腕を掴めば、濡れたジャージ越しに伝わる、その余りにも低温化した体温。
……っんだよ! この冷てぇ体は……っ!!
「オイ白井っ! テメェこんな所で何やってんだっ! こんな……こんな冷てぇ体してっ! 死にてぇのかよっ……!」
本当に、氷みたいに冷たかった。
以前触れた時のコイツの体温は、ほのかに暖かくて、熱すぎないカイロだ、と思った覚えがある。でも、今のコイツの体温は、そんな事微塵も思えなくて。だから聞いた、何をしているんだ、と。このまま川で泳がれて凍死でもされたら、オレとしても後味が悪い。
……だってのにコイツは。
「……べ、つに……何でもない、よ……」
……別に? ……何でもない?
それでこの状況を済ませるのか?
そんな言葉でこの体温を済ませるのか?
オレの目を見ずに、階段の方に向けられたままの視線と、言葉。
それが酷くムカついて、すっげぇ癇に障って。
衝動的に、右手で掴んでいた白井の手を、思いっきり振り払っていた。
そして、良く分からない気持ちに翻弄されるがまま、目の前にある細い肩を掴んだオレは時の体を反転させて、驚きに見開かれたソイツの目を睨みつけて、思うがままの言葉を怒鳴り散らいていた。
「ふざけんじゃねぇぞテメェ! 馬鹿にしやがって! そんなにオレ等は頼りねぇかよ! そんなにオレ等は信用ねぇのかよ!!」
我ながら勝手な言い分だと思う。
先に信じなくなったのはオレじゃねぇか。
「いつもいつもヘラヘラ笑いやがって! そのアホ面見るこっちの身にもなりやがれ! 大丈夫じゃねぇなら大丈夫じゃねぇってそう言えよ!!」
「……ごっく……!?」
「一人でいるのはそんなに平気かっ!? オレ達がいなくてもそんなに平気かよ!? 少しくらい頼りやがれ! ヒバリにばっか引っ付いてんじゃねぇ!!」
……っは、構って欲しいガキか。
「ごく……」
「……っるっせぇっ! 何がトモダチだ! 何が信じてるだ! ホントに信じてんなら少しぐらい縋り付いて来やがれ……っ!!」
そこで、オレの言葉は切れた。
掴んでいた時の肩から手を離し、十代目の家がある方へと、時をその場に置いて駆け出す。何を言ったかなんて、分からない。この気持ちがなんなのかも、分からない。ただ、やたらとガキ臭い自分が居たのを、頭の隅に感じた気がする。
駆け出した後は、後ろなんて振り向かず無我夢中で走った。
走って走って、十代目の家を目指していた。
だからオレは知らない。
残された時が、俯いたまま呟いた言葉。
静かに囁かれた、力弱い叫びを……。
「……縋り方、なんて……知らない、よ……」
聞いてやらなきゃいけなかった言葉。
あの時のオレには、聞こえちゃいなかった――――
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