ⅩⅩⅣ - 人皆旅人

◇ Ⅳ - ⅴ ◇ ⅩⅩ ◇

 ――――ま……またタバコが紛失した。

「あらぁ? 獄寺くんどうしたの? そんなに息切らして〜」
「な……でもないっスっ。そ……それより、十代目は……っ?」
「ツっくんならまだ帰ってないわよ。あ、どう? 今度は上がってく?」
「あ……はい、お……邪魔、します」
「じゃぁ居間で待ってて〜、今紅茶入れるから、暖まるわよ〜。」

 そう言って去っていく十代目のお母様に会釈しながら、玄関のドアを閉める。走った所為で大分喉が乾いていたので、お母様の申し出は心の底から嬉しかった。

 靴を脱いで恐る恐る居間へと向かえば、フゥ太とガキ共がコタツに寝転がってた。姉貴の姿がないのを、壁を盾にしながら確認して、そこへと足を踏み入れる。

 日本には“コタツ”とか言う、机と布団が合体したようなモンがあるんだが、これが実にヤバイ。どうヤバイのかと言えば、一度入ったら出られない、一度入ったら抜け出せない、仕舞いにはあまりの気持ち良さに眠りに落ちる。日本の新型兵器かと思うぐらい、ヤバイ。……とか言いつつオレも、十代目の家の新型兵器紛いの家具に入るんだが。

 暖かい空気の篭った空間に足を差し入れれば、冷えた体が温まる。
 ぐちゃぐちゃだった心も落ち着いて……。

 ……コタツってスゲェな。

 なんて、机の上に顎を乗せて本格的に温まろうとしたら玄関の開く音が聞こえてきた。次いで、十代目のお声。

「ただいまーっ! あーもー疲れたっ! ……って、この靴はっ!!」

 十代目の声が聞こえたらオレの行動は早いもので、魔のコタツから這い出て立ち上がって、玄関へと素早く顔を出す。そして、十代目の右腕としてお役に立つ為、全力でその荷物をお持ちします!!

「おかえりなさい十代目! その荷物キッチンに運べばいいんスよね!? オレが持っていきます!!」
「え゛!? ……そ、そう?? じゃ……じゃぁ頼もうかな……」
「はい!!」

 十代目から荷物を受け取ったオレは、そのまま踵を返してお母様のいらっしゃるキッチンに直行。コレで十代目からの株も、お母様からの株も右肩上がりだぜっ!

「お母様っ、十代目からのお荷物……って、おまっ!?」

 廊下からキッチンに顔を出したら余計な、至極余計なモンが居やがったっ。十代目に付きまとってる、自分の事を十代目の妻だとか何とかいう戯言を始終ほざいてる馬鹿女――三浦ハルだ。

 ついでにオレの事を馬鹿にしてるのが、またウゼェ。

「はひ! また獄寺さんです! どうしてこうも毎度毎度ランデブーなんでしょう……っ!」

 後頭部に結わった短い尻尾を揺らしながらに、何やらほざく馬鹿女。
 オレもそれに負けじと言い返す。

「そりゃコッチの台詞だっ! あ、どうぞお母様、十代目が買って来たものです。ここに置いときますね」
「ま〜、ごめんなさいね〜、助かるわ〜」
「いえいえ! 右腕として当然の事をしたまでっス!」
「むむ! 獄寺さん侮れません! 奈々さん、紅茶出来上がりました! 持って行きますね!  ――ツナさ〜ん!」

 ちっ、流石に抜かりねぇ。

 馬鹿女に先を越されたのに腹を立てながら、その後を追ってキッチンに隣接してる居間へと向かう。オレが顔を出した時にはもう、十代目も、ついでに馬鹿女もコタツに座っていた。十代目の右側が開いてるのを目ざとく見つけたオレは、素早く隣に座る。ランボが傍に居てなんだったが、まぁ……牛柄のクッションだとでも思えばいい。

「それにしても十代目、今日ってやけに寒いっすねっ」

 牛柄のクッションを諸に無視して、十代目に会話を振る。
 何気ない、どうでもいい会話だが、まぁ、十代目と話せりゃなんでもいい。そんなオレの声に、少しばかり身を強張らせて、そうだね、と言った後に、ハルに渡された紅茶をすする十代目。その十代目の行為に、自分の喉がえらく乾いている事に気が付いて、オレも目の前に置かれたティ−カップを持ち上げる。ダージリンの香りが鼻を掠めて、喉に暖かい液体が流れ込む。


 ……ん……うまい。


 ……と、オレが紅茶にし舌鼓を打っていたら、オレの右隣に置かれている牛柄のクッションが、覚醒する様な呻き声を上げた。そして目を向ければ、目をこすりながらもごもご言っている牛柄のクッション。

 クッションの癖に呻くな、なんて事を思いながら睨んでいたら、クッションの視線と、オレの視線がが見事に鉢合わせ。……たかと思ったら、牛柄のクッションは唐突に起き上がって、机の上に飛び乗った。その反動で倒れそうになったティーカップを、オレ達はそれぞれ避難させる。

 なんつー事を、なんて睨みを、牛柄の以下略に効かせたが、オレの方に背を向けていたので伝わらない。その背中をイライラしながら眺めていたら唐突に、牛以下略が訳の分かんねぇ事を言い出した。

「帰ったの〜?? ごくでらのバカがいるんだから、帰ったの〜??」

 何 が だ。

 コタツの周囲を見回しながら、尚も、帰っただ、何処に居るだ、ほざいてるアホ牛。更にイライラしながら、アホ牛の背中を睨みつける。そしたら、睨みが効いた……訳はねぇんだが、やっとアホ牛が自分の話の内容の核心に触れた。その内容に、正直、さっさとぶっ飛ばしてりゃ良かったと思う。

「ねーねー、なんでバカデラいるのいに、トキいないのー??」

 時、と何気なく呟いたソイツの一言で、オレと十代目の体が強張る。ハルはなんも気にしねーで、アホ牛に相槌を打っているが、オレと十代目はそれ所じゃねぇ。

 帰らない白井、それは川で、何を思ってか寒中水泳してるから。

 それを知ってるオレと十代目は、自然と気まずい表情になっていく。だが、今居るのがハルとアホ牛と言う鈍いヤツだけだから、その表情には気付かれない。

 尚も、白井の所在について話す二人を他所に、十代目が小声で話し掛けて来た。

「ね、ねぇ獄寺君。君は、その……昨日のあの後、時の事、見た……? その、実はさ……まだ、帰ってなくて……」

 川に様子を見に行ったが居なかった……、と十代目の表情がどんどん暗くなる。だがオレは、その問いに対して、どう返事を返せば良いのか分からない。それに、十代目が行った時はどうだったか知らないが、さっきオレがあの川に行った時は、確かにアイツはまだあそこに居た。

 だから、白井の所在をオレは知っている事になる。

 だが言えない、どう言ったら良いのか分からない。いやそもそも、言うべきなのかどうかも躊躇われた。あんなに深刻な顔で白井の事を心配してる十代目に、この事を話してどうなるか……考えた。

 川で白井を見た。
 ずぶ濡れで、体が冷え切っていた。
 オレはそのまま白井を放置して、今ここに居る。

 多分……いやきっと、十代目はオレをお叱りになるだろう。
 嫌われるかもしれない。
 もう二度と話してくれないかもしれない。
 名前も呼んでくれなくなって、信頼もされなくなって……。


 そこまで考えて自分が自分で嫌になる。


 なんて卑怯なんだ獄寺隼人っ!
 それでも十代目の右腕かっ!

 自分を守りたいが一身で口を噤んでいた自分を叱咤する。

 これは、別に白井を思ってじゃねぇんだ、……と。
 これは、オレが卑怯にならねぇ為だ、……と。
 心配なさっている十代目の為だ、……と。

 頭の中に一通り言い訳を巡らせたオレは、意を決して、目の前の十代目に声を掛ける。

 ……が。

 オレの声が言葉を形にする前に、玄関の方が唐突に騒がしくなった。足音……? と、家の外から聞こえて来る為だろう、くぐもった人の声。よく耳を澄ましたら、オレの右側に見えるガラス戸の方からも何やら聞こえる。

 いきなり騒がしくなった事に、十代目やハルにランボ、お母様までもが声を上げて、寝ていたフゥ太達も目を覚ました。

「えっ何? ナンなの??」
「はひっ! なんでしょう? いきなり玄関が騒がしく……お宅訪問でしょうか??」
「ち……違うと思うけど……っ」
「ヲタク?? トキ? 帰ってきたの??」
「ま〜! 本当に〜?  時君が帰ってきたの??」
「いや、オタクじゃなくてお宅……って一緒じゃん!!」
「ん〜……なに〜?」
「ニャ〜……安眠妨害……」
「あ! ごめんなさい二人共! 寝てて大丈夫ですよ〜」
「…………と、とりあえず見てくるね……」

 全員の反応に若干呆れ果てた様子で、玄関へと向かう十代目。その背中に、オレも行きます、と投げかけてオレも十代目の後に続く。話そうとした所で、邪魔が入ったから、さっさとそいつ等を追いやろうって魂胆。

 だから、さっさと帰れ、ってな気持ちで、玄関のドアノブに手を掛けようとする十代目に視線を送った。……したら、十代目が空ける前に外側へと引かれる扉。

 手を掛けようとした物が唐突に無くなった為に、十代目が手の行き場を無くして体制を崩す。オレの方へと倒れてくる十代目の背を支えながら、ドアを開け放った野郎にガン飛ばす為に、ドアの方に目を向けた。

 そうして視界に飛び込んできた、太陽に照らされ輝く、眩しい金髪。

 開け放たれた扉から姿を見せたのは、キャバッローネファミリーボスの証である、跳ね馬の刺青を体に刻んだ男――跳ね馬ディーノだった。そうなると、結果的にソイツに睨みを効かせた形になるオレだったが、跳ね馬の尋常じゃない目付きに、一瞬怯む。次いで、焦った様に口を動かす跳ね馬。

「ママンは……っ!?」

 急いで走って来たのか、息が切れている。

「かっ……母さんっ?? 母さんならそこに……」

 と、視線だけを居間に向けるオレの前に居る十代目。
 流石の十代目も何時もと様子の違う跳ね馬にビビってるらしい、身を引いているのが傍に居る分、良く分かった。

 そして、目的の人物の居場所を聞いた跳ね馬は、十代目の家に上がろうとミリタリーブーツを足だけで脱ぎに掛かる。……が、思うように脱げない事に苛立ちでも募ったのか、小さな舌打ちが聞こえた。その間に、自分の事を話されていた事で、玄関に現れた十代目のお母様。

 それを目に留めたディーノが、靴を脱ぐ行為を止め、何かを言おうと口を開く。が、一瞬躊躇して、何を思ったのか、目の前に居るお母様ではなく、背後に居るらしい何者かに、顔だけ後ろへ向けて声を張り上げた。

「おい山本!! お前変わりに担げ!! オレはドクター・シャマルを呼びに行く!!」

 山本? と、首を傾げるが、今はそっちよりも気になるモノがある。

 後ろを振り向く跳ね馬の行動で気付いたが、ヤツの背中が奇妙に盛り上がっていやがる。跳ね馬のであろうジャケットが、その盛り上がりに引っかかる様にして被さっていて、二人羽折の様になっていた。そして良く見れば、跳ね馬の脇から垂れ下がる二本の足。しかも見た事のある靴に、見た事のある……。

 並盛中の、濡れたジャージ……。
 ……まさか……?

 そこでディーノに呼ばれた山本が姿を見せた。
 跳ね馬の部下が邪魔で進めなかったらしい。

「あっ、あのオレ……!」
「いいか? 降ろすぞ?」
「え……? あ、はい!!」

 戸惑いながらも、跳ね馬の指示に従う玄関から現れた山本。
 コッチもコッチで表情が硬い。

 跳ね馬に呼ばれてやってきた山本は、奴の指示のままに行動を開始。

 自分の羽織ってるジャンパーを脱いで、跳ね馬の背中の盛り上がりのそれに被せ。次いで、身を後ろに逸らした跳ね馬が、背中の――恐らくは人を、山本の腕の中に預けにかかる。

 背中の人間は、担がれていたから、状態はうつ伏せ。

 ひっくり返される様に山本の腕へと預けられれば、必然的に仰向けになって、その顔が伺える。だからオレは、そいつの顔を確認する為に瞬きも忘れて、視線をそちらに集中させた。

 まさか……、と思っている人物。
 本当にその人間なのか。

 傍に居るお母様や十代目の視線も、恐らくはオレと同じ所。背後に人の気配を感じたから、フゥ太やハル達も騒がしい状況を見に来たのだろう。

 そして今、この家に居る全員が、玄関に集まった所で……。

 そいつの顔が露になる。

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