ⅩⅩⅩⅨ - 人皆旅人

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◆ Ⅸ - ⅴ ◆ ⅩⅩⅩ ◆

 しん、とした空間に声が響く。
 機械を通した……電話越しの女の人の声だ。
 きっとここにいる人間でこの声が分かるのは、オレだけだろう。

《あのね~、ちょっと頼まれて欲しいんだけど、時ちゃんたぶん、アニメイト行くでしょう? そこでね、地域限定のキーホルダー買って来て欲しいんだけどね――――》

 もう……聞かなくなってから、かなり日が経つ声だ。
 どこか凛としていて、だけど可愛らしい、オレの幼馴染のお姉さん。

《――――という事でよろしくね~! お礼にチョコケーキと、ミクちゃんの編みぐるみ作って待ってるからね~! 旅楽しんできてね~!》

 ぷつりと、声が途切れる。

 あまりにも突然過ぎる出来事に、少しの反応も返せない。だけど、そんなの知った事かというように音は続いて、続いて、続いて、色々な声や言葉が、次々と響いて、反響して……オレの頭がどんどん動かなくなって、胸が締め付けられて、涙が……

 ……涙が、止められない。

《――――やっほい! 時氏! ちょっとお願いがあるんだけど、っていうか指令なんでありますが! めろんぶっくすで、めろんたんの何でもいいんでお土産が欲しいであります! 僕が持ってるのでもいいからよろしくネ!》《………………おい、時。土産。漬物系》《やだもう、時君の留守電超面白い! ……え? ああ、うん、そだったそだった。あのね~、時君~、ついででいいんだけど、旅先のなんか綺麗な風景とかあったら写メで送って欲しいのね。なんかお店の壁に飾るのが欲しいんだってさ。結果によっては、店でサービスしてくれるらしいよ~。とゆうわけで、よろしくね~》《…………おい、てめぇ、留守電聞いたのかよ。連絡くらい寄越せカス》《う~ん? ねえ時ちゃーん。おーい。聞いてるかな~、かな~?》《おおーい! 時君ー? ……まさか居留守とか使ってんじゃないでしょうね! ……もう! すみませーん、なんか時君との連絡全然取れないみたいなんですよー! ……早く連絡寄越しなさいよね!》《……死ねグズ》《ねえねえ。死ぬってマジ? 本気? やっべえ何それ超おもしれぇんだけど!》《時氏いいいい! 旅先で事件に巻き込まれたって本当かああああ! 死ぬな同士よおおおお!》《……ねえ時ちゃん? 大丈夫なの? 連絡頂戴》《……おい》《ねえちょっと! いい加減にしなよ! みんな心配してるよ!》《……おい時坊。八枝(やえ)から聞いたぞ。いい加減連絡寄越せ。みんな心配してるぞ。せめて一言、無事な声聞かせてやれ――――》

 ああ……と思う。
 ああ、オレはこんなにも、あの世界に未練があったのか、と。

 こっちに来た時は、そんなに辛いものでもなかった、すぐに帰れるもんだと思っていたから。だけど、日が経つにつれて、帰り方なんてさっぱり分からない状態が何日も続いて……何処かで、心は擦り切れていたんだなと思う。

 ここで死んでしまったら、もう二度と向こうには帰れないんだろう。
 当たり前だ。それが死ぬと言う事だ。終わると言う事だ。

 ……ああ、怖い。
 凄く、怖い。

「……くっ」

 頭を体で埋めるように、身を縮こませた。
 現実を拒否するような、体全体で全てを否定する感覚だ。

「懐かしいだろう? 君のいた世界だ。愛おしくて堪らないはずだ」

 ああ、そうだ。
 自分が生きた場所だ。
 思い出もたくさん残っている。
 手放したくない、大切な、大事なオレの世界だ。

「……っし、ろいっ!」

 そんな『世界』と、この『世界』を、天秤にかけろと言う。

 もしも、オレがここで、目の前の人達を見捨てたとしたならば、あちらの世界に無事逃げ帰って、この怪我も治療されて、なんとか生き残るんだろうと思う。そして前と変わらない生活を送るんだ。仕事をして、友達と騒いで、色んなものに興奮して、幸せな日常だ。

 だけど、きっと、絶対に後悔が残る。

『大好きな人達を見捨てた』

 裏切りだ。最悪だ。最低だ。
 だけど、二次元だ。創作上の世界だ。
 それでも、生きていると感じた。彼らは生きていた。
 でも、オレとは違う、強いじゃないか。簡単に死なないだろう。

 延々……いたちごっこの自問自答を繰り返しながら、自分の選択を悔やんで生きていく。一生、後悔が付きまとう人生。絶対、誰にも知られたくない卑怯な自分。

(…………いやだ)

 ……これは、もう、自己満足の域の話なんだろう。

 自分がそういう“思い”をしたくないから、こういう選択をするのかもしれない。そういうわだかまりを一生背負って生きるのが嫌だからの、安易な“逃げ”かもしれない。

『自分が嫌だから』なんて、飛んだわがままな考えだろうよ。
 だけど、それでも、自分で選ぶ自分の人生だ。

 自己満足に生きて何が悪い。
 自分の願いに忠実で、一体、何がいけない。

「……ご、めん……兄さん、京子ちゃん、ハルちゃんっ」

 なんて、わがままだろうか。
 押し付けがましい奴だ、と思われるかもしれない。

「もう……だめなんだ。これしかないんだよっ」
「…………っしろ、いっ」
「……時君っ」

 オレは、オレが生きたあの世界が大好きだ。
 離れた事で余計に深く思う。

 自分の手の届く範囲でしかないけど、眼で見える範囲でしかないけど、そんなに大きくもない、大層でもない、些末でちっぽけなオレの世界かもしれないけど、そんなあの場所がオレは大好きなんだ。

「オレは、あの世界に帰りたいっ。みんなに会いたい……っ」

 オレの気持ちだ。
 嘘じゃない。嘘な訳がない。

「……そう、そうか」
「――――だけどっ!!」

 落胆したような感情を含んだヤツの声に、勢いをつけて顔を上げた。
 睨み付けたヤツの顔は思っていた表情じゃなく、驚いたものだった。

 そんなに驚いたのか。
 オレが、この選択を選ばないと思ったのか。

「……だけどオレは、大好きな人達を見捨てるなんて、もっと嫌だっ」

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