◇ Ⅵ - ⅵ ◇ ⅩⅩ ◇
「…………トキ」
「んー…………」
「…………」
「……何?」
「アメ食う?」
「……あー、うん」
「…………」
お通夜が終わって。
葬式が終わって。
しばらくの間、テっつんの家に置いてもらう事になった。
学校も、気が休まるまで行かなくて良い、と言われて、一週間。オレの事を思ってか、テっつんも一緒になって学校を休んでくれて、事の他、時間を持て余す事はなく、テっつんの両親も優しくかったので、彼の家での暮らしは存外悪くは無かった。
けれどやはり、そこはまだ十にも満たない子供。
優しい友人の優しい家族を目にしてしまっては、どうしても自分の両親と、その両親と共に過ごした家を思い出してしまう。思い出して、そして親が消えてしまった事に泣いて。友人とその家族を困らせては後悔して。
そしてあの時もまた、泣いた事へ後悔の念をくれながらに、自分の家へと思いを馳せていた……。
外は夕暮れ。
日は陰り、日中に比べれば大分涼しくなってくる時間帯。
オレはあの時、テっつんの家の縁側に、泣き疲れて寝転がっていた。
家に帰りたい、両親に会いたい、独りは嫌だ、寂しいよ。
散々泣いて、テっつんとテっつんのお母さんを困らせて。後悔するなら泣かなければ良いのに、と。赤い空に視線を向けながら、ボーっと思っていた。
「何味が良い?」
「……いちご」
「……ん」
そして、そんなオレを気遣いながら、オレの口にイチゴの飴を無造作に放り込む友人。オレの顔を見ずに放り込まれたその飴は、甘い味と涙の味がしたのを微かに覚えている。
そしてもう一つ、覚えている事。
オレの隣に座るテっつんの口から放たれた言葉。
それは微かに、いや、それは鮮明に。
その不器用な優しさと暖かさが、オレの心に今でも刻まれている。
「…………行くか」
「…………?」
「お前んち」
「……ぇ……?」
「ちょっとくらい良いだろ。そもそも行くなって言うのがおかしいし。隠れてこっそり行こうぜ。母さんたち今いないし。ヤエだってまだ来ないだろうし。早く帰ればばれねぇよ」
な? と、オレを見下ろして笑うテっつんの顔は、なんだか久しぶりに見た笑顔だった気がする。
両親が死んだ後、何故だか大人達はオレが家へと行く事を止めた。
理由は話してはくれなかった、ただ、オレの両親との約束だから、と言って口を噤んだ。両親との想い出が詰まった家へと行く事を止められるのはもの凄く癪だったが。『両親との約束』、だなんて言われてしまえば、オレは何も言えない。
だから、てっつんに、行こうか? と、問われた時は正直焦った。
確かに行きたい。
だがそれは、両親との約束を破る事になってしまう。
行きはしたいが、約束を破って良いものか……。
悩んで、悩んで、答えを出す前に、てっつんに手を引かれて。
気付いた時には、自分の家へと辿り着いていた。
そして眼にした、大切な想い出の現状に、後悔したのを覚えている。
約束を破ってしまったのがいけなかったんだ。
だからこんな事になっているんだ。
父さんと母さんが怒ってるんだ。
子供ながらに考えた、目の前の光景の理由。
事実は全く違うのだけれど。
あの時のオレに、目の前の光景を理解するほどの余裕は無かった。
「なんで!? 何してるんだよお前らっ!! 止めろよっ!!」
「ちょ……っ! 落ち着いて坊や! コレにはちゃんと理由が……!」
「うるさいっ! それは母さんの大切な鏡だ! 返せよドロボウ!!」
「おい時! 少し落ち着けって! おじさんの話聞くんだ!!」
「なぁ! なぁなんで!? なんでなの!?」
――――なんでオレの家がなくなってんの!?
てっつんに腕を引かれてやってきた場所は、オレの家があった場所。
そう、“あった場所”。
オレの暮らした家は、既に過去の物になっていた。
母さんが花を育てていた庭も。
父さんが作ってくれた小さな木製のブランコも。
三人で楽しく過ごした、大分古くなった家も。
やって来たその場所には跡形も無く。所謂、更地と言う部類の何もない場所に姿を変えていた。そして、そこで動く作業着を着た大人達数名が当時のオレの逆鱗に触れる行動を忙しなく取っていたのを覚えている。
ある者は、家のモノであると思われる古い木材をトラックに乗せ。またある者は、何か帳簿の様な物だろうか? それにペンを走らせていた。そしてオレが一番最初に牙を向けた背の高い――と言っても子供の目線なので定かではないが――中年のおじさんは、『お母さんがお父さんに買って貰ったのよ』と、楽しそうにオレへと語ってくれた、母さんにとって一番大事だった大きな鏡を運んでいた。
もう訳が分からなかった。
どうして家が無いのか。
どうしてこの人達はこんな事をしているのか。
どうしておじさんは母さんの鏡を運んでいるのか。
訳が分からないから、分かりたくも無いから。
子供のオレは感情のままに、目の前のおじさんに縋りついた。
てっつんが、泣き散らすオレを必死に止めてくれた気がする。
おじさんは、困った顔でオレの拳を受け止めていたのを覚えている。
そして、泣き止んだ理由。
コレは鮮明に、記憶している。
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