ⅩⅩⅧ - 人皆旅人

◇ Ⅷ - ⅱ ◇ ⅩⅩ ◇

「………………」


 時間の頃は既に月の見える、夜。

 各家々の明かりと、道に設置された街灯が辺りを照らし出している。僅かに届く光が川の水面(すいめん)に反射して、暗い水面(みなも)に星の飛礫が転がっている様だ。


「……さみ……」


 冬の夜は、寒い。
 だが、ここはより一層寒い。

 川橋の上から眺めていれば少しは違ったのかもしれないが、川のすぐ横――階段を降りた先となると、それだけで体感温度が下がってしまう。しかも……だ、座る場所は川辺の空気で冷え切った、冷たい地べた、と言うオマケ付き。だったら、上に上がれば良い、って話になってくるんだが。


 ……今は……今は、ココが良い。


 アイツが泳いでた川。
 アイツの大切なモンが沈む川。
 そしてココは、恐らく、アイツが倒れていたであろう場所。


「……寒……」


 とんでもない……とんでもない寒さだったろうさ。

 防寒着を着ていても肌を刺す冷気が進入してくる。体が濡れていたのならば、それはきっと、針を刺される様な、寒い、ではない、痛い、と言う感覚が体を襲うだろう。


 ……良く……挫けなかった。


 ツライ状況で、誰にも頼れないで、それでも取り戻したくて……。

 水面にある視線を、見える筈もない水底へと向けてみる。
 何も見えない、真っ暗な深淵。

 これでは、何かを探そうなんて無理な話だ。探すとして、ライトがいるし、何よりまず、水温で体がイカれる。だったら探すのは、陽の出ている昼。だが、それでもまだ潜るのは無謀だ。それに、例え陽が出ていても水底まで光が届くとは限らない。そもそも、アイツの探す時計とやらが、落ちた位置に沈んでいる確証も無い。もしかすると、川下に流されているかもしれない。そうだとしたら、見つけ出せるのは万に一つの確立、至難の業。


「……くそ……っ」


 何とかして、時の時計を見つけ出せないか、とオレの頭が考えに考え。
 だが、幾等考えても、はじき出される答えは皆一様に、現実的な答え。

 奇跡なんて物は、そうそう簡単に起きるもんじゃない。

 それだけの事が起こせる力量の人間が居て。
 それだけの事が起きる時期があって。
 それだけの事が起きる流れがあって。

 “奇跡”と言うヤツは、何時の間にかに自分の拳の中にある。

 起こそうと思えば案外起こせるのかもしれない。
 映画みたいに、ドラマみたいに。
 だが、オレが今居るのは脚本どおりに動く世界じゃない。
 用意された奇跡のある世界じゃない。


 ――――起きない奇跡に縋ったって、意味は無い。


 ……だがそれでも、それを理解していても、その二文字を思い浮かべてしまうのは、オレがソレを望んでいるから……か。


 馬鹿だ。


 オレなんかに起こせる訳がないのに。 

 この、どす暗い川の底にある奇跡を、必死になって掴もうとしていたアイツにすら、奇跡は振り向かなかった。だと言うのに、ボロボロになっていくアイツを、無駄な意地張って放って置いたオレが……オレに……。


『奇跡なんてもの、起こせる訳ないだろ――――』


 ……そう。

 風で波打つ水面に写ったオレの顔が哂った。

 ……気がしただけだ。
 波打つ水面に、何かが写る筈がないのだから当然だが。


 だが、今のオレには、そんな幻覚で十分だった。


 川の淵に座っていた体をよじる。立ち上がろうとすれば、寒さの所為で体が固まっていたらしい、少々動かしにくい自分の体をほぐしながら、二本の足で立つ。そして、眼下の川。

 最初からこうしていれば良かった、と上着を脱ぎながらに思う。

 もともと奇跡なんて不確定要素に縋る性質じゃなかったんだ。そんな起きるかどうか分からない物を待っていたって仕方がない。頼るべきはそんな物じゃない。やるべき事は待つ事じゃない。


 奇跡が起きないのなら、奇跡を起こせ、獄寺隼人。

****************************** Next Page.

BACK   NEXT
TOP    SITE TOP