◇ Ⅷ - ⅴ ◇ ⅩⅩ ◇
――――別に、お前の為にやった訳じゃない。
お前が泣いてると、十代目や、お母様。
その他諸々の顔に影が陰りやがるから。
そう、引いては十代目の為だ。
お前が泣いたら、十代目も悲しい顔をしておられた。
お前の苦しい顔は、十代目にも苦しい思いをさせる。
引いては十代目の為。
それから、オレ自身の問題。
連中はオレの感情も逆撫でした。
矮小な人間、低俗な行動、愚劣な意思。
最初は小さな物だった。
関わるほどの物ではなかった。
だが……お前は、泣いた。
嗚咽を殺して、痛みを叫んで、悲しみを響かせた。
ソレが酷く、癇に障った。
誇りある世界で生きてきたからか。
はたまた、単に劣悪な人間が目障りだったからか。
定かじゃないが。
オレの牙は確実に、アイツ等の喉元を引き裂きたい、と。
静かに唸ったんだ。
そしてコレは、ウサを晴らした副産物。
たまたまだ、たまたま、偶然、奇跡的に……。
……そう、奇跡的に、連中の片割れが売らずに所有していただけだ。
「――――あっれ? ご、獄寺君!? どこ行ってたの!? いつの間にかいなくなってるんだもん、驚いたよ……っ」
「す、すみません! その……ちょっと、散歩っス」
「散歩って……ち、血、付けて帰って来る散歩って、ど、どんなだよっ」
「……ま、まぁ、ちょっと。そ、それより、その、アイツ……は?」
またもオレは、無意識的に行動を起こして、十代目の家――玄関にまで来ていた。しかも、息切れと喉が渇いているのを察するに、走って帰ったらしい。その上、血まで付けて……いや、コレの理由は覚えてるな、大した事じゃない。
それよりも、だ。
――――時計。
「……えっと、アイツ、って、時、だよね? 時ならまだ寝てるよ、そんなすぐには良くならないよ……」
「そ……っすか」
………………。
「…………」
「…………」
「ど、どうしたの?」
「ちょっと失礼します」
「……へ?」
靴を脱いで、十代目の隣を通り過ぎながらに詫びを入れ、玄関のすぐ傍にある、二階へと続く階段に足を運んだ。
十代目に何かしら言われると思っていたが、予想ははずれ、後ろから声が掛けられる事はなかった。
二階へと上がって、時の部屋へと入れば、外気とは全く違う、暖かい空気がオレの頬を撫でる。体を冷やさない為のその空気には、心なしか、お母様達の優しさが滲み出ている気がした。
「………………」
時の傍に寄れば、微かだった荒い吐息がはっきりと聞こえる。
赤い頬に、寄せられた眉間の皺。
目元に光るのは、汗なのか、それとももっと別種のものか。
良く分からない。
時の呼吸音を聞きながら、ベッドの脇に腰を下ろす。
そうすれば、少しだけ体の重みが楽になり、思いの他疲れていたらしい事が分かった。
……顔を上げれば、時の横顔が目に入る。
耳を澄ませば、必死に酸素を求める音。
それから。
カチ、と言う、すぐ傍から聞こえる、カラクリの音。
ジャケットの右ポケットに手を突っ込めば、ひやり、とした感触が指先に触れる。ゆっくりと、薄い硝子でも扱う様にソレを取り出せば、暗がりの中で僅かに煌く金縁。
複雑な構造で出来た、時を刻む物……腕時計、だ。
静かな室内に、時の呼吸と、針時計の音が染みていく
「……別に……お前の為じゃ、ねぇからな」
時計を見つめながら、傍で眠る人間に声を掛けた。
「オレの喧嘩に、たまたまこの腕時計が付いて来ただけだ」
聞こえている筈もないだろう、言葉が届いてる訳もないだろう。
「別に……取り返してやった訳じゃねぇ……」
そう、取り返した訳ではない。
不可抗力で付いて来ただけ。
でも、オレにコレは必要ない。
時計なら、もっと良いモンを持ってる。
そもそも、オレの趣味じゃねぇし、オレに似合う代物でもない。
……だから。
「別に……返すんじゃねぇ、オレには必要の無い、いらねぇモンだから、だからコレは……お前に押し付けるんだ」
いらないから。
必要ないから。
オレのでもないから。
お前に押し付けるだけ。
「だから、間違っても――――」
――――礼なんざ、言うんじゃねぇぞ、チンチクリン。
手に取った時の左手に、右手に握った時計を、その手の平に握り込ませてやった。そうしてやれば、少しだけ、握り返された気がしたが……。
きっと気のせいだ――――
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