ⅩⅩⅨ - 人皆旅人

◆ Ⅸ - ⅳ ◆ ⅩⅩ ◆

 驚愕の色に染まった彼の目は、大きく見開かれて、目の前の状況を飲み込めないのか、呆然と立ち尽くしている。勿論オレも、いきなり彼が目が前に現れた事で同じような顔になっているだろう。そして、そんななんとも言えない二人の空気を覚醒させる、オレの後ろに居る少年の一声。


「――――山本っ! 時、捕まえてっ! またどっか行こうと……て言うか多分、また川行こうとしてるっ! 逃がさないでっ!!」


 まるで逃亡者にでもなったかの様な、白井時、精神年齢二十歳。
 でも、ソレは、あながち間違っちゃいないのが、今、ココにある事実。

 ツナの言葉を聞いたオレは少々焦ったが、今尚、放心している山さんを見逃さない。

 何故ツナが、オレの行き先を知っているのかは疑問ではあったが、今はそんな疑問に構っている暇はない。オレはツナの声を聞きとめて、すぐ、目の前に居る彼の隣をすり抜けた。山さんの視線を頭上から感じはするが動く気配はないので構わずに足を早める。


 ――――が、山さんの覚醒は思いの他早かった。


「――――山本!!」
「…………っ!」


 山さんがツナの声で覚醒したのは、オレが丁度彼の背後に回った時。
 立ち位置的にも、タイミング的にも、オレには運が無かったらしい。

 ツナの声によって覚醒した彼は背後――オレのいる方へと振り返っり、すぐさまオレを両腕で拘束。ヘッドロック……なんて物騒な物ではないが、所謂、羽交い絞め、と言うヤツだ。


 しかし、オレも人間、抵抗を知らない訳じゃない。


 体格も、果ては、気だるい体にある体力も、オレと山さんでは月とすっぽん、緑亀とガメラ。そうは理解していても、何とかすれば逃げられるのではないか、と暴れに暴れてやった。

 しかしそれが良くなかった。

 最初は山さんもオレの脇下に腕を通して、と言う苦しくない様な抑え方だったのだが、オレの抵抗が予想以上に激しかった為に、体勢を変更。右腕をオレの首元で固定し、左腕は胸部に回して、半ヘッドロック状態。

 苦しさもあったが、先ほどのそれよりも、以外と地味に動けない。


「おい時! 落ち着け!」
「い、嫌だ! 放せ! 放してくれっ!!」
「もう川なんて行くなって! やっと風邪直って来たってのに、こじらせたらどうすんだ……よ?」
「そうだよ時! もう少し寝てないと治るものも治らないだろう!」
「だって! 川に時計が!!」
「時、計なら……なん、でか……?」
「そう、なんでか!!」
「……な、なん、でか?」


 時計が何でか、とそんな言葉を聞いて、オレも少し抵抗を止めた。
 何故ツナ達がオレの時計の事を知っているのか?
 そんな新しい疑問が生まれたが、今はソレよりも言葉の続きだ。

 『時計なら何でか』そう言った、オレを羽交い絞めにしている人物、山さんへと視線を向ける。羽交い絞めの状態のままで、背後の彼へと視線を向ける事になったので少々苦しかったが、時計の為ならどうと言う事はない。

 だが、待てども、待てども、彼の口から言葉の続きが出てこない。
 ……と言うか、またも山さんはフリーズ。
 そんな、山さんに、オレとツナも共にフリーズ。


「…………」
「…………」
「…………」


 長い様な短い様な、そんな感覚が襲う、間、だ。


「…………」
「…………」
「……や、山本?」


 一番に痺れを切らしたのはツナだった。
 多分突っ込み体質の所為だろう。


「…………ぇ?」
「山……さん。時計が、な、んでか、何?」
「…………へ?」
「いや、時に、時計……なんでかって」
「…………ぁ」
「…………」
「…………」


 叩くと生き返る、と何処かの誰かが言っていた気がする。
 ソレは、自分が言っていた気がするので、早速実行を試みた。
 緩んだ腕から抜け出し、反転して、右から左へ叩き流す。


「いて」
「時計が? 時計が何?」
「え」


 今尚、上手く意志の疎通が出来ない山さんへと疑問を投げかける。
 目を見て、しっかりと意思を伝えて、答えてくれるまで待つ。
 そして、そんな二人を右から温かく見守ってくれる、ツナ。


「…………」
「……時計」
「…………」
「とけ」
「時……?」
「ど、どうしたの山本? 時だよ。ものっ凄い時だよこれ」
「…………時?」
「「…………」」


 一応言っておくが、先ほどから間の抜けた言葉を発しているのは山さんだ。並盛中野球部エースの山本武さんだ。オレではない。しかし、オレではない、良い人山本武だからと言って、この場のオレが静かに憤慨しない訳ではない。人間と言うヤツは、何処かしら、肉体なり精神なりが弱ると少々おかしく、またはストッパーが外れやすくなるのだ


「オレは川に出撃する」
「ちょぉ! ストップ! ストップ時! 出撃すんな!」


 何時まで経っても反応の無い山さんは、反応が無い屍の如く、そっとして置く事にして、当初の目的地へと行く為に身を翻す。

 だが、そこで見事、彼は覚醒。

 オレの右肩を掴んだかと思ったら、さっきの言葉の続きと思われるものを、やっとの事で喋りだした。


「待て」
「待ったお」
「と、時計、時計……な」
「ほっとけいき、とか言ったら、山さんだってフルボッコにしてやんよ」
「あ、あぁうん、そ、ソレより冷えるだろ? これ着てろ、な? と、とりあえず中入ろうぜ、上がらせて貰うなツナ」
「お! あ……! う、うん」


 山さんが正常起動した事により、オレはあれよあれよと、今しがた出てきたばかりのツナの家へリターン。

 その間、山さんの着ていたダウンジャケットを着せて貰ったり、ツナからタオル首に巻かれたり、仕舞いには背中をさすられながら、水分とか食料いるか? と色々世話を焼かれ、気分はお年寄り。

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