ⅩⅩⅨ - 人皆旅人

◆ Ⅸ - ⅴ ◆ ⅩⅩ ◆

「とけ……い……いっきし!!」
「あーあー、もう、ほら鼻かんでっ」
「ど……どげい」
「あー、はいはい、分かったから、ほらティッシュ」
「ざ……ぶい……目、が熱い」
「はいはいはい、今、お茶入れるから、熱はほっといて。山本、時に時計の事、話してやっといて」
「お、おう」


 居間へと連れて来られたオレは、お年寄りの次はまるで子供の様な扱い受け、コタツの、寒くない様に、と廊下の扉から一番遠い、窓硝子からも離れた場所へと座らされ、コレでもか、コレでもか、と防寒対策、マフラーやら、ちゃんちゃんこやら、を施され。そんなオレはまるで、無謀な登山家だ。

 キッチンへと向かうツナの背中を見送りながら思う事は、暑い、寒い、と、何で時計の事知ってるのかな? だ。

 確か、時計の事は誰にも話していない筈だ。

 聞かれなかったし、何より別段、話す様な事ではなかった。だというのに、ツナも、山さんまでもが、オレの時計の事を知っている様子。どうして? と聞く前に、ツナが山さんへと時計の事を促したので、オレは疑問を留めて、その代わりに、体調の所為で若干据わっているであろう、目、を隣に座る山さんの方へと向けた。

 そこで、ばしっ、と目が合った。


「…………」
「…………とけ……ぶしっ」


 変なくしゃみをしながら、山さんの驚きだか何だかの顔に疑問を抱く。

 それでもやっぱ、時計が最優先なので、ティッシュを鼻に当てながら、再度しつこいほど繰り返した固有名詞を山さんに投げかける。


「……山、さ……ぐしっ! と、時計……」
「……お、あ……あ、あぁっ、悪い! 時計! 時計な腕時計! ほら! コレ……だろ?」


 どもって、それでも目的を思い出してくれた山さんは、ダウンジャケットから取り出した、硬い何かをコタツの上に置いた。

 木製の机にゴトンと置かれた、それ、に視線を向ければ、部屋の明かりで煌く金色が目に入ってくる。


 オレの手の平に納まるほどの大きさの。
 こげ茶色のベルトに、丸い鉄細工。
 金縁で、針が三本ある文字盤からは、中の細やかな細工が見て取れる。
 腕時計。


「……あ……っ」


 半開きだった目が、大きく見開いたのが自分でも分かった。

 驚きに、喜びに、疑問と、色んな衝撃の所為で上手く言葉が出ない。目の前の、ソレ、にすぐにでも手を伸ばしてしまいたいのに、体が強張って動かないのは、握ってしまったら壊れてしまうのではないかと思ったからだ。

 もしかしたらコレは、幻か夢か何かで、触れてしまったら、やはり無いのではないか、と思った。そう考えてしまったら、嬉しいに変わった驚きが、次の瞬間には怖いに変わって。頭の中がぐちゃぐちゃになって。


 気が付けば。


 高まる感情は、オレの目から、形を持ってあふれ出していた。


「と、時……っ!? 大丈夫か!?」


 突然泣き出したオレに驚いた山さんが、右隣から身を乗り出して背中をさすってくれた。その間も尚、オレは時計から目が離せない。


「――――わっ、どど、どうしたの山本?! なんか時が凄い事に!」
「や、オレも分かんねーんだけど、いきなりで……!」


 キッチンからツナが戻ってきて、またも驚きの声が上がる。
 お茶をコタツの上に置いたツナは、オレの左隣に身を屈め、顔を覗きこんできた。その顔は、よくランボ達に向けるそれで、なんだか不思議な感じがしたのを覚えている。


「と、時? どうした? どっか痛いとか? お、お腹空いたとか??」
「な、んで……」
「「????」」
「なんで、コレがココにあるんだ……?」


 これは……この時計は、川に沈んでる筈だ。
 投げられて、落ちて、だからオレも川に潜って。
 何度も、何度も、何度も、何度も潜って。
 それでも見つからなかった、コレ、がなんで……。


「こ……れ、本……物?」


 ゆっくりと、目の前の時計へと右手を伸ばして、寸での所で留める。
 時計に指先が触れない様にしながら、隣に居る二人へと疑問を投げかければ、思いの他単調な、けれど、何処か曖昧な答えが返ってきた。


「うん、本物だと思うよ」


 柔らかい声で答えてくるツナ。
 それに続いて、山さんも優しい声音で喋ってくれた。
 手は尚もオレの背中を摩ってくれている。


「こないだ……っと――――」


 この間……が何時なのかを思い出しているのか、視線を上方に向けながら、オレの背を摩っていない方の手で、指折りをしながら日数を数える山さん。


「……日曜の、だから、五日前だな。その夜にさ、おばさん……ツナの母さんが時の事着替えさせにお前の部屋行ったんだよ、したらさ――――」


 オレが左手に何かを握り込んでいるのに、奈々ママは気付いたらしい。無論、気になった奈々ママはオレの手の平を開いて見たそうだ。すると、オレが普段から身に着けていた時計が、何故だかそこにあって――――


「オレ達も最初聞いた時は驚いたよ、川に落っこちてるはずの時計が、んな馬鹿なー……って。でも母さん本当に、ソレ、持っててさ」
「壊れてないかって、その時色々見てみたのな、でも素人目じゃ分かんなくてさ、針が動いてても、もしも……ってのがあるだろ? だから、さっきと、それから五日間で五件、時計屋回って」
「壊れてない……?」
「おう! 全っ然異常無し! むしろ、見事な細工だから、ぜひ譲ってくれー、とか言われちまったぜ!」
「そ……か。そうか……」


 壊れていない。
 それだけの言葉が、今のオレには革命的だ。

 川に潜りながらも、半分は諦めていた。
 壊れていても良いから、せめて形だけは手元に置いておきたい。
 そんな中でのこの再会は、言葉にならない程嬉しい巡り会わせ。

 机の上に置かれている時計が、部屋の光できらりと光る。

 時計に伸ばして寸での所で止めていた手を、今度は確実に、時計へと触れさせる。引き寄せて、手の平のそれを覗き込めば、確かにオレの腕時計である事が、良く、分かった。

 こまめに磨いてきた金縁の輝き具合も、文字盤で煌く二つの欠片も、少しばかりくたびれている何度か替えてきたベルトも、オレの腕に巻かれていた、ソレ、と同じではあっても、違いなんてコレっぽっちもない……。


 大丈夫、これでもう大丈夫。


 この世界でも大丈夫。
 オレはもう、一人でも大丈夫。
 ……大丈夫だ。

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