◇ Ⅱ - ⅲ ◇

「――ところで、坊やは随分と遠いところから来たんだね」

 たぶん、切符を拾った時にでも乗車駅を見たんだろう。
 確かに、線のほぼ端みたいな駅から乗ったので、遠いと言えば遠い。

 けれど、はたして“随分”と言うほど遠いのだろうか?

 ああ、いや、この駅員さんからしたらそうなのかもしれない。
 ほぼ端の駅からまさに端の駅へ来たんだから、遠いのだろう。

「ええ、そうなんですよ。ゆっくりした旅が好きで、結構こういう乗り方をするんです」
「そうなの。じゃあ、いつも端くらいから端まで行くの?」
「いえ、それだとさすがに行く場所がなくなっちゃうので、乗り換えたりといろいろ……ああ、そうそう、ここの駅を選んだのも割と適当……っていうか偶然で……」

 適当はさすがに言葉を選ぶべきだったかな、と思ったので言い換えつつ、手に持ったままだった切符に目をやる。深い意味はなく“ここの駅”である駅の名前を目に入れるためだけの行動だった。

 したらびっくり玉手箱である。
 老人になって心臓発作起こしちゃうレベル。

「…………な……みもり、みなみ?」

 思わず音読してしまったのは仕方のないことだだった。

 手元にある切符には必要な数字諸々と乗車駅である『色咲』の名前、そして思わず音読してしまった件の下車駅の『並盛南』と言う名前が印字されている。あまりのことに目と鼻の先まで切符を近づけて確認をとるが、印字されている文字には当たり前だけれど違いは見られない。

「す……すごい! 知らなかった! これはすごい!」
「そうか、そうか、それは良かった」
「はい本当に!」

 緑の勇者の如く切符を頭上に掲げ喜んでいると、おそらくなんかよく分からないだろう駅員さんが、しかし優しく声をかけてくれた。たぶん、なんかよく分からないけど若い子が喜んでるし良かったわー、と言う感じに違いない。すごい優しい。

「すごいなあ。こんな地名あったんだなあ。偶然なのにすごいなあ。超ラッキー」

 正直を言うと、この駅までの切符を買っておいてどうして気づかなかったんだ、と思わなくもなかった。なかったがしかし『並盛南』の三文字……いや正確に言うと『並盛』の二文字だろう……に喜ぶのが忙しくてそれどころではなかった。

 たぶん普段を何にかまけることもなく過ごしている人たちにとっては、この二文字の価値なんて何の変哲もない地名でしかないのだろう。しかし、そう、普段を何かにかまけて過ごしている一部の人間にとってのこの二文字は大変に嬉しく、およそにやにやせずにはおれない二文字なのである。

(にやにや……)
(……すごい嬉しそう)

『並盛』――それは好きな作品に出てくる架空の地名だ。
 その作品を知ったのは、原作を基にしたテレビアニメからだった。