◇ Ⅷ - ⅳ ◇ ⅩⅩⅩ ◇
現実ではありえないくらいの、むず痒くて薄っぺらい奇跡みたいな話。けど、この世界では――想像上の、漫画とか、映画とか、ドラマとかの中では、そこら中に転がっている話。
もしオレの世界で、想うことがどうの、なんて言ったら、お笑い種だろう。ありえなくて、現実味がなくて、下手をすれば、そんな事を言うと途端に嘘臭くなる。
でも『この世界』では、そんな奇跡が普通なんだ。
『想いが強さになる』――なんてのがそこらに、ごろごろしてる。だから兄さんはここに来た。今オレの目の前にいる。今オレの目に前にある。今オレがいるこの世界には、そういう『現実』が確かにある。
だからだ。
だからきっと、了兄さんは負けない。
きっと彼の為に祈っているだろう、少女の想いがここにある。
少女を守ろうって言う願いが、彼の中にはある。
だから、そう、そうだ――――
『――――笹川了平は、絶対に負けない』
願う。
祈る。
想う。
『彼は負けない』
『みんな死なない』
『きっと大丈夫』
ただこれだけの事が力になるなんて、オレの世界じゃ思いもしない。
想いだけで、世の中の物事を動かそうなんて、不可能そのものだ。
願いを叶える事なんて、言うほど簡単な事じゃあない。
だけど、それでも、願って、祈って、想う事を止めないで、しがみ付いて、足掻いて、諦めないから……人間ってのは、起こしちゃうんじゃないのか。
いわゆる、そう。
『奇跡』――――とか言う、むず痒いのを。
「――――っ! 干渉が!」
黒い外装の足が、地面に触れる。
「…………『負け』を、考えていなかったようだな」
兄さんが、体制を沈める。
拳の軋む音が聞こえた。
息を呑む声が、誰のものかは分からない。
「俺は考えたぞ――――“最悪”の事態をなっ!」
兄さんの右拳が、上昇しながら空中を斬る。
その拳は、驚くほど綺麗な軌道を描いて、兄さんの前へ降り立ったヤツの顔の下へと、瞬間的に移動していた。きっと、アイツなら簡単に避けれただろうはずなのに、避けなかった。避けられなかった。
それはつまり、兄さんの起こした『奇跡』が勝ったという事だ。
「――――っぐ!!」
「お前に解るかっ!? 全てが無くなる恐怖がっ!!」
兄さんの左拳と喉が、唸る。
今度はヤツの左頬をえぐった。
「俺は怖くて怖くて堪らなかったっ! 京子が死ぬかもしれないっ! 白井が死ぬかもしれないっ! 京子の大事な友人が死ぬかもしれないっ!」
兄さんの声が建物内で、大きく反響する。
それと同時に連続して聞こえる、小さな衝突音。
「自分が負けたら全てが終わってしまう恐怖が貴様に解るかっ!」
「…………っ」
「……解らんだろうな……解るはずもないだろうっ。無くす恐怖もなく戦っている奴に、無くさない為に戦っている奴の意地が解るわけもないっ! だからっ! だからこそっ――――!」
ヤツの襟元を掴んで引き寄せる兄さんの顔に月明かりが当たった。
怒っているような、泣きそうな顔があった。
「――――勝つのは俺だっ!!」
一際大きく声を上げて、今迄で一番大きく拳を振りかぶって、黒い外套に包まれた人間一人を、兄さんの拳は悠々と殴り飛ばした。
舞った黒い外套の存在が地面に落ちた後、それはとりあえずの動きを止めていた。だけど、何分相手が相手だ。油断は出来ないので、心持ちガクブルしながら、急に静かになった空間で息を殺す。
聞こえるのは兄さんの、息遣い。
扉の向こうから聞こえる、息遣い。
オレのまだ動いてる心臓の音。
ヤツを見ている間は、世界が止まったような感覚だった。
でも、実際に止まってるなんてわけがないので、勿論、動きはある。
「……手応えはあった、が」
兄さんが拳を握りなおす。
つまりは“まだ”現状の動きは、止まっていないと言う事だ。
「そう……手応えは確かにあったろう。中々効いた」
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