Ⅲ - 人皆旅人

◆ Ⅲ - ⅲ ◆

『ランボ』――とは、“ある作品”に登場する人物の名前だ。その作品というのが、偶然にも先ほどまでいた駅とほぼ同じ地名が舞台となっている作品なのだけれど……まあそれは置いておいて、ともかくその作品――漫画の登場人物がこの子供と同じ名前を持っているのだ。

 もちろん、架空の登場人物と名前が同じであることなんてのは間々あることだし、それほど騒ぐことではないのだけれど、仮にもここは日本なわけで『ランボ』というような横文字全開の名前がほいほい転がっているとも思えない。

 もっとも、昨今では、当て字やら何やらで横文字全開な名前の子供たちも増えてきているらしいし、何より諸外国出身者とのハーフともなれば、横文字全開な名前だろうとむしろそれが普通な名前だろう。

 ただ、ここで重要なのがこの子供の『名前』と加えて『背格好』もなのだ。

 自身のことを『ランボ』と称する目の前の子供は、先にも言った通りに、黒いもじゃもじゃのファンキーなアフロヘアをしており、それに加えて尻尾まで再現された乳牛柄の幼児服を着ている。ちなみにアフロには、二本の黄色い牛角の飾りが刺さっていた。

 そんな子供の姿を見て、まず抱く感想としては『牛へのこだわりがものすごい格好の子供』くらいだろうが、しかし先に出した『ランボ』という架空の登場人物というのが、なんと驚くべきことにこの子供とまったく、それこそ寸分違わずと言っていいくらいに同じ格好をしているのだ。

 もちろん、そんなの“たまたま”で済ましてもいいのかもしれないけれど、名前やおよそ外見から判断できる年齢、性別、喋り方にと、はっきり言って“偶然”なんかで済ませていいような一致率とはとても思えないほど一致している。

 そんなものだから、つい、思ってしまうのだ。
 ありえないとは分かっていても『これは、もしや』と……

(これは、まさか…………親がすごいオタク!)

 それで名前を真似させて服も作ってアフロ整えて、今しかできないからとか何とか……

(……恐ろしい! ちょっと世も末)
「しゅわっしゅわっ、しゅわっしゅわっ」

 ありえないとは思いつつも、不可能を可能にして見せるオタクの執念を――自身もそうであることも踏まえて――知ってしまっているので、ありえそうだなあ、とかほんの少し辟易しながら謎の歌を歌い始めた子供にちょっと同情。

 まあ、もっとも、しゅわしゅわ、言っている子供を見る限り嫌そうではないし、牛の服も角もやたら良く出来ているし、間違いなく愛情は注がれているのだろうから、他人がとやかく言うことではないだろう。

「ランボさんは〜、大人だから〜、二こ食べちゃうもんね〜」
「こらこら、ゆっくり食べるんだぞ。のどに引っかかったら危ないから」
「あらら〜? ランボさんがそんなヘマするとおもってるのかしら〜? しろうとめ!」

 なんの玄人なのかはさっぱりだけれど、やはり『ランボ』にそっくりな物言いの子供についつい顔が綻んでにやにや――よく考えたらすごい危ない人になっていた――していると、耳に一つ、声が届いた。

「――――おーい! ランボー!」

 伸ばしたら全く違う人物になってしまうなあ……なんて、脳内でヘリが撃墜されるままに『なんだ?』と顔を上げて視界に入ってきた景色に、なんだもなにもないと、今まで気づけずにいたあらゆることに、ようやっと気がついた。

 空は夕闇、子供が一人と、大人が一人。

 よく考えたら、こんな時間にこんな子供が一人でいるということは、つまりそれはいわゆる“迷子”というやつで、じゃあ例えばそんな迷子に声をかける大人がいるとして、あまつさえ飴なんかプレゼントしてにやにや眺めていたとするならば、だ。

 それは、あれだ、不審者街道まっしぐらなコースだ。
 だけど、どうしようか、足音と声はもうすぐ傍だ。

(……へ、へへへ、平静を装えっ)

 少しくらい心が乱れていてもバレやしないと、胸中で焦燥とか困惑とか逃げ出したいとかいう気持ちを、どうにかこうにかクールダウンさせているところに、しかし容赦なく子供の名前を呼んでいたであろう人物は姿を見せた。

 ああ、警察呼ばれる、怒られる!

 ……と、思ったのは、しかし一瞬だ。
 視界に入ったその姿に、怯えた心が空高くまで浮上した。

「お…………おお! うわあ! すごい! そっくりさん!」

 そんな声に十字路の一方から姿を見せた少年――中学生ほどの少年は目を丸くした。
 それはもちろん、なんだかよく分からない成人畜生を見る奇異の目なのだが……

 そんなことを、成人畜生は気にしなかった。

 なぜなら目の前に現れたこの少年も、アフロの子供に続き“あの作品”に登場する人物とまったくと言っていいほどに似ていたからだ。いや、似ているなんてものではない。同じだ。まったく同じなのだ。表情といい背格好といい、違いと言えば、立体か、平面かくらいの違いだろう。

 自分で言っていてなんだけれど、それは、とても、すごいことだ。

「え……ええっと……」
「どうしました十代目。アホ牛見つかり……」
「すごい! クオリティ高い! 満点!」
「……あ゛あ?」
「ごめんなさい!」
「……ん? どーした?」
「……んああああ!」
「……な、なんすか、こいつっ」
「や……オレにもよく分かんないっていうか……」
「変な奴だな」

 この町は、とても、すごい。

 アフロの子供に加えて茶髪の少年までもと喜んでいれば、続けざま現れた二人の少年のその姿に溢れんばかりの喜びの感情が振り切れて、平静を装うどころか不審者街道を自ら爆走するに至ってしまった。

 だが、しかし、もうどうしようもないことだった。

 喜びのままに立ち上がり、近くなった少年たちのその姿は座った状態で見ていた時と何ら変わりなく、それどころか近くなったことでよりその完成度がいかに優れているのかを窺い知ることが出来てしまい、踊る心を止めることはもうさっさと諦めた。

「……お下がりください十代目。こいつきっと何かキめてますよ」

 そう言いながら茶髪の少年の前へと一歩踏み出したのは、先ほどから柄と目つき悪くこちらを威嚇している灰色の髪をした少年だ。茶髪の少年よりいくらか背の高い日本人らしからぬ髪色をしている少年は、やはり日本人らしからぬ翡翠の目を鋭くしてこちらを睨みつけている。

 銀製の指輪やら首飾りやら、髑髏の描かれたシャツやらくわえ煙草やら何やら、と不良然としている少年ではあるようだけれど、気の弱そうな少年を成人畜生から守るようにしている様子を見やるに、根はやさしい子なのだろうことが窺える。

「でもよ、獄寺もたまにこんなだよな。なあツナ」
「……え、あ、オレに聞くっ? えっと、さ、さあ、どうかなっ」
「おいコラ、野球クソ馬鹿ヤロウ! 先にテメェから果たしてやろうか!」

 割と合っている不良少年の物言いを混ぜっ返したのは、不良少年とは真逆の爽やかな雰囲気を持つ少年たちの中で一番背の高い黒髪短髪の少年だ。姿勢良くすっと立つ姿と人好きのするその笑顔から、人の輪の中にいる様子が想像に難くない少年である。

 ただ、少々……というか、おそらく、かなりマイペースな人間なのだろう。警戒すべきことが正しいはずの成人畜生を前にして起こした行動というのが、のほほんと世間話に興じるという……はたして大物なのかそうでないのか、とりあえず度量はすごいのだろうことだけは窺えるものだった。

「…………!」
「――――!?」

 そしてそして――である。

 二人の少年が口喧嘩らしきものを始めてしまい取り残された、成人畜生の輝ける目を一身に受ける三人の中で一番背の低い気弱そうな茶髪の少年は、たぶん『なんか面倒くさそうな人だなどうしよう』とか、この成人畜生を見て思っているに違いない。

 そう、そんな様子も、まさに“彼”そのものと言っていいものだった。

 茶髪の……形容するならツンツンと言うのが妥当だろう、あっちこっちへとぼさぼさしている髪型も、言ったら右腕にぶっ飛ばされるだろう幸薄そうな顔も、こちらを不審な目で怯えながらに見るその表情も――こちらとそう変わらない背丈さえ無視すれば――何もかもが“彼”そのものな少年だった。

 だからこそ、ひとつ、思ってしまった。

 そこまで再現してしまうほど“あの作品”が好きなのなら、と……
 それだけなりきってしまうほど“あの作品”を好きなのなら、と……

『だとするなら、もしかしたら仲良くなれるかな?』

 ……と、年甲斐もなくそう思ってしまうのもこの状況では仕方のないことだし、誰かと仲良くなりたいと思うのだって決して悪いことではないはずだ。しかし、だと言うのに、なんだってこう、どうにもこうにも、うんともすんとも、人生とはこんなにも難しいものなのだろうか……

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