ⅩⅦ - 人皆旅人

◆ Ⅶ - ⅵ ◆ Ⅹ ◆

 瞬間。


 ソイツを押さえ付けていた閣下の体が、彼の背面にあるコンクリートの塀にもの凄い勢いで叩き付けられた。しかも、そうそう簡単に砕けるはずのない人工石が閣下を中心に大きく抉られている。衝撃の反動で押し返されたのだろう、うな垂れた状態でその場に立つ閣下の姿も加えて、この状況が決して普通じゃない事を、オレの頭に突きつけた。


 一体何が起きたのか。


 最初は正直分からなかった。いや単に、オレの目が追いつかなかっただけだろうと思う。それだけ速く、目の前で起きた出来事は、唐突で、一瞬だった。

 でも多分、目の前の状況から推測するに、うな垂れる彼を塀に叩きつけたのは彼が押さえ込んでいた“オレ”なんだろう。けれどソイツは、押さえ込まれたまま何をすると言うでもなく、ただただ押さえ付けられているだけだった。

 そして、ソイツが言葉を切った瞬間にはもう……


 彼――並盛最強の男、雲雀恭弥は、コンクリートに穿たれていた。


 閣下に何かをしたソイツは今尚、押さえ込まれた時の状態のまま動かずに、塀に寄り掛かってほくそ笑んでいる。そんな状況に動けずにいるオレは、唯一動く頭でぐるぐると考えを巡らせて、巡らせた結果出た行動は、なんと言うか……我ながら無謀なものだった。

「……っな……に、しやがる偽オレっ!!」

 うな垂れたまま動かない閣下の状態に軽く切れてしまったオレは、現状を楽しんでいるかの様に笑う自分に殴り掛かっていた。拳にライトを握り込んだまま、暗闇に慣れた目で目標を見据えて、右腕を振り下ろす。けれどオレのその手は軽くかわされて。

 気付いたら。

 オレはオレに、振り下ろした腕を背中へと捻られ、さっきまでソイツが寄り掛かっていた塀へと押さえ込まれたいた。ざらざらした塀側面に、もの凄い力で左頬が押し付けられて、結構な痛みについつい声が漏れてしまった。

「…………っ!」
「無様だね……オレ」

 更に強い力で腕を捻られて、半端じゃない痛みが関節を襲って、嫌な汗が出る。その上オレの耳元へと息を吹きかけるようにして、オレそっくりのソイツが言葉を囁くもんだから、また違う嫌な汗が出る。

 自分とは言え、ちょっと嫌だ。

「こんなに弱いんじゃ、マフィア社会じゃすぐに死んでしまうな」
「な……にを!」
「何をも何も無いだろう? “この世界”に居る以上、強さは必須だ。だけれど君は脆く弱い。だからこそ、簡単に想像できる結果を言えば、君はすぐに、死ぬ」

 腕の痛みの所為でうまく働いてくれない脳内に、何とかして耳から入ってくる言葉を理解させる。けれど、例えその言葉を理解しても、オレの頭には、更に疑問しか生まれない。


 どうしてコイツは、オレの事を知っているんだ?
 どうしてコイツは、オレが他所の世界から来た事を知っている?
 どうしてコイツは、この“世界”の事を知っている?


 分からない。
 コイツの事も。
 この状況も。
 オレも。


 オレを押さえつけるオレの言葉に頭が混乱する。腕の痛みがピークに達して視界がぼやける。色々な事の所為で許容量一杯一杯になったオレの脳が悲鳴を上げた。

『倒れるのだろうか』

 そう思いながらに、意識が落ちる。
 ――――その、直前。

「咬み殺す……っ!!」

 オレの耳元に、何かが空を切る音と、もの凄い怒気を含んだ末恐ろしい声が届いた。その為に、落ちかけていた意識が引き戻されて、続いて、捻られていた腕と、塀へと押し付けられてた顔も開放され、痛みも消えた。

 自由になった体をすぐに反転させれば、視界の右端で対峙する二人の姿がある。閣下の顔は背中を向けられているので分からないが、さっきの声を聞くに、相当切れていらっしゃるだろう。そして、そんな恐ろしい閣下のオーラに物ともしない偽オレは、先程と変わらない笑顔で閣下の顔を見据えている。

 戦闘体制の閣下に対して、コイツはただ、その場に立っているだけだ。

「やあやあ、覚醒が早いね雲雀恭弥君。脳震盪でイっちゃうかと思ったんだけれどね……存外頑丈だ。実は人間じゃなかったりするのかな? もしかして、こっち側の存在?」
「咬み殺す……っ!」
「おやおや、ブチ切れているのかい? 何に対して切れてるんだろうね? 自分を傷つけた“白井時”に? それとも“白井時”が痛め付けられた事――――」

 偽オレが最後まで言い終わる前に、オレの前にいた閣下は消えて、偽オレに対して攻撃を繰り出していた。でも、その攻撃はいとも簡単にかわされてしまい、閣下の攻撃をかわしたソイツは体を翻して、オレ達のいる方とは反対の路地へと駆け出した。

 勿論、オレ達はそれを黙って見ている訳にはいかない。駆け出したソイツに続く様にして、閣下、オレ、の順に狭くて暗い道を走った。

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