◇ Ⅱ - ⅱ ◇ ⅩⅩⅩ ◇
――――ああ、本当に癇に障る。
「……っごほ! っく……!」
唐突な事だった。
視覚では捉えられない“何か”が体をすり抜ける様な感覚。
その感覚が全身を襲った後に、突然訪れた呼吸器官の停止。
瞬間、ああ、と僕の思考は理解した。
『ああ、またあの不愉快な存在の仕業か』
異変の始まりは、恐らく、グラウンドから喧騒が聞こえ出した頃合。
ざわめきが癇に障った僕は、すぐに喧騒の傍にいるであろう風紀の人間へと、仕事をする様に携帯電話で連絡を取った。だが何分と経とうが喧騒が止む事はなく、むしろそれは一層騒がしさを増していっていた。
思うのは勿論、苛立ち。
仕事をこなせない、先ほど言葉を交わした人間に殺意を覚えたが、それ以前に、少量の違和感を覚えた。先ほどから耳で捉えている喧騒が止む事はなかったが、同時に、その喧騒が変化する事もなかった。
並盛中の絶対秩序の具現である風紀委員の人間が訪れて、何かしらの反応を示さない連中は確かこの学校内にはいない。ならば指示を与えた委員の人間が逃げ出したのか? とも考えたが、馬鹿馬鹿しい。
僕に逆らう人間を委員に入れるなんて事はしない。ならば何故? と、紙の上で走らせていたペンを置いた瞬間に僕の自由は奪われた。
呼吸器官の停止に、身体機能の停止。
心臓は動いているようだったが、ああ、どうでもいい。
死への恐怖でも与えたかったのだろうが、甘いねお前は。
お前如きがこの僕を止められるとでも思ったのなら、とんだ誤算だ。
「……ぬるいな、君は」
手の平に痛みが走る。
事務机の上に置かれた右手の甲。それに突き刺さった万年筆。引き抜けば壊れたペン先から、黒いインクが赤い血を引き連れて滴り落ちる。自分で刺した物とはいえ、その経緯が気に入らない為にそれを床へと叩き付けた。
痛みと言うのは、実に素晴らしいと思う。
煩わしい何かを取り払うのには、最も適した感覚だ。
「書類が汚れた」
床に転がる万年筆から事務机の上へと視線を移せば、赤黒いシミの目立つ、先ほどまで僕がペンを走らせていた書類が目に入る。記された文字は既に読める物ではない上に、僕が奪われた空気の反動で動いた時のものだろう、多少紙が破れている。
だが結局は“ヤツ”の所為である事に、間違いはない。
「ああ、ああ、本当に、邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ」
外は既に静けさを取り戻していた。そしてその静けさを認識したと同時に聞こえてきた耳に覚えのある、破裂音。
「……駄目だよ。それは僕の獲物だ」
窓の外に送った視線と共に言葉も送る。
聞こえる訳もないだろう……が、彼なら聞こえていそうで頬が緩む。だがそんな事だけでは、今の僕の怒りを納める事なんて出来ないのだろう。緩く笑んだつもりの頬がきつく上がっていくのが分かる。それと連動するように眉間へとこもる、力。
草食動物が猛るのを見るのは悪くはない。
が、こればかりは譲れない。
睨むように見ていただけの窓。
その枠へと足をかけて、体を空中へと浮かす。目指すはグラウンド。
それからその場にいるであろう、この僕を怒りに染め上げる三下。
「――――覚悟して待て」
そして光栄に思え。
お前を潰すのは、この僕……雲雀恭弥であるのだから――――
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