ⅩⅩⅩⅡ - 人皆旅人

◇ Ⅱ - ⅴ ◇ ⅩⅩⅩ ◇

「やあ雲雀恭弥。君には大概感心するね。呆れるほどに人間の域を超えている。ああ、だが、でも、いずれ会う“彼”ほどではないか」
「――――咬み殺すっ!!」

 背後からの声と気配に、振り向きざまトンファーを振るう。
 だが予想していた通り手応えはなく、空を切る音だけが耳に届いた。

「くく、いいね。血の気が多いのは実にいい。人間元気がなんぼだよね。それにしても、ああ、楽しいな。凄く楽しい。“あの子”が来てから私の世界は変わった。大きく変わった」

 僕の攻撃を避けた、部外者の顔をした、けれど部外者とは違う声のヤツが、至極楽しそうな声で言う。その明るい声が酷く耳障りだったが、次に続いた赤ん坊の声で意識が逸れた。

「お前だな、並盛で女どもを意味もなく襲ってんのは」

 やはり彼も気付いていたらしい。

 それと同時に、その“問い”と言うには、あまりに押し付けがましい言葉に返す“奴”も、彼に気付かれていた事を知っていたらしい言葉で応答していた。

「そうだとも。君は早々に気付いていたようだねリボーン。付き纏われて鬱陶しかったよ。勿論楽しくもあったがね。また遊ぼう」

 一々癇に障る物言いの奴を見れば本当に楽しいのだろう、以前に夜道で会った時の無感情な表情とは似ても似つかない顔を貼り付けていた。

 本当に随分と変わったものだ。

「部外者に似ようともしていないのかい。声すら違いすぎる」
「ん? ああ、これか? これは私が一番気に入っている声だよ。“自分の声”なんて持ち合わせていないので決して私の声ではないのだがね。それにほら、君達に隠す必要性はもうないだろう? 既にあの子への信頼は確定しているようだし……そこの“彼”は除かれるね」

 そう言った奴が目を向けるのは、唯一この場で意識のない、笹川了平。

 その存在に気付いた草食動物が慌てたように近寄っていたが、死んでいない事でひとまず安心はしたらしい、すぐに大人しくなっていた。

「どうでもいいよ、部外者の信頼どうのなんて」
「おやおや」
「僕はただ学校を破壊した、君と草食動物を咬み殺したいだけだ」
「オ、オレも!?」

 当たり前だ。

「本当に血の気が多いな。しかし、どうしたものか……私は別段君達と遊ぼうがどうという事はないのだがね……ただ、さて、君達は私に逆らう事が可能かどうか……」

 ――――そこが大きな問題だ。

 そう言った“奴”は、薄い笑みを浮かべたのちに瞳を鈍く光らせた。
 紅色の瞳――恐らくそれが“奴”の攻撃体系なのだろう。

「………………っ!」
「え……ひ、雲雀さんっ!?」

 自分の意思に反して、足が敵から後退する。一歩、二歩……動くまいと力を入れるが、それでも自分の足が、自分の意思に反抗する。“動くものか”と言う“僕の意思に”だ。

 しかも奴が手を下したのは、どうやら僕だけではないようだ。

 不愉快にも後退して目の端に捉えた、赤ん坊、そして当然だが、獄寺隼人、山本武も、己の体における支配権を完全に掌握されている様子で、身を起こしたその場から動く事など叶わず、ひたすらに行動の抑止。

 ただ、彼ら二人と、僕と赤ん坊、その双方の違いを上げるとすれば、掌握されている“意識”の深さだろうか。僕と赤ん坊が、奴に敵意を向けているのに対して、彼らは完全に戦意を喪失している……いや、いっそそれは、意識が無い、と言ってもいいほどだろう。それほどに彼らの様子は、一種の“廃人”と化して、その場で静止していた。

「……っ赤ん坊。なんとか……出来そうかいっ?」
「……っさあ……な。ちょっと、まずいかもしれねぇ……なっ」
「くくくくく」

 後退は止めたが、やはり意思の伝達が抑圧されている体なんて役には立たない。勿論、赤ん坊も同じだ。滑稽なほどに、万事休すのこの現状。

 だが――――

「……ふふ、ねえ赤ん坊。ゾクゾクしないかい?」
「趣味わりぃなお前……まあ、分かるけどな」

 窮地、と言うのは、たまらなく心血が沸き立つ。

 強くなればなるほど、周囲の存在に僕を奮い立たせる者はいなくなっていた。退屈しのぎに群れを咬み殺したりもしたが、やはり、完全に満たされる事は無い。その場しのぎの、すぐに消える、たぎり。

 だがこれは、久々に感じる本当の“たぎり”。

 圧倒的だと言わんばかりの、抑止。余裕で笑う、あの顔。異質な力を振りかざす存在。手も足も出せない……そんな、気すらきいている、演出。

 ――――ああ……この窮地、ゾクゾクする。

「お前、顔が凶悪になってんぞ」
「生まれつきだよ」
(ひ、ヒバリさんこえぇぇぇぇっ!)

 ………………。

「――――っ!」
「忘れてたか? あいつずっとピンピンしてるぜ」
「咬み殺す」
(なんでええええええええええええええええええええええええええ!?)

 もう、どうでもよくなっていた存在の気配が“動いた”事に、視線を向ければ、赤ん坊の言うとおり、僕の視線におののいて動いている草食動物がそこにいた。

 何故だ――と、疑問をぶつけても無意味である事は分かっているが、この僕が動けないでいるというのに“あの”草食動物が動いているというのが、無性に気に食わない。しかも見やるに、なんの苦もなく悠々と、現状と僕の視線とに慌てふためいている。

 どうして、あんなのが……!

「……はは。じゃあ、君と遊ぶのは止めて彼と遊ぼうかな」

 ――――君では相手にならないしね。

 屈辱的だった。

 それは不戦敗だ。相手にもされない。相手をするに足らない存在。つまりは“弱者”と、そういう事だ。奴は僕を“弱者”という枠組みに選定した。戦わずに勝者を気取り、戦わずに僕を敗者に貶め、戦わずに僕の価値を決め付けた。

 ああ……確かに、奴にとって今の僕はそうなのだろう。追い回して逃げない――動けない僕と、追い回して逃げる、草食動物。どちらが、追いがいがあるとすれば、僕も後者を選ぶ。

 だが見誤るな……僕は――――

「……雲雀恭弥だ」

 既に、僕や赤ん坊から意識を外した奴は、宣言どおり草食動物を追い回している。一方的だ。地に落ちる閃光を、すんでの所でかわす草食動物。『かわせている』とでも思っているのだろうが、『かわせる様に』奴がしている。恐らく草食動物には、それすらも分からない。

 そんな奴に、僕が劣ると言うのか――――

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
「くくく、さっきまでは、あんなに強気だったのにね。とんだ茶番だ」
「う、うるさいな! オレだって――――ぐぎゃっ!」
「あはは! 変な…………おや」
「…………………………ぐげ!」

 気に入らない。

 僕を“これ”より弱者とする事も、並盛の風紀を無意味に乱す事も、学校をここまで破壊した事も、僕に一瞬でも屈辱を与えた事も、白井時を貶めた事も、あの嘲笑も、あの声も、その存在も……そして何より――――

「僕に借りを押し付けた部外者が、一番気に入らない――――!」
「思わぬ火の粉!? い、いや、閣下を実質、動けるようにさせたのは、キャバッローネ・ファミリーのドンであるディーノさんであって、オレは全くもって関係ないって言うか……!」
「おいこら! 押し付けるな! オレは何もしてねぇだろう!?」
「あんな中学生にびびるなよボス……」
「はは、雲雀舐めてっと痛い目、見ます、よっ」
「あんな奴、潰しちまえ、跳ね馬……っ」
「あんな奴、蹴散らしちまえ、跳ね馬」
「リボーンお前、どさくさにまぎれて、何けしかけてんだよ……!」
「……み、みんなあ!」

 群れが、次から次へと……ああ、本当にイライラする。

「終わったら、全員咬み殺す……!」

 まずは、目の前で余裕をひけらかしている、コイツから。
 この僕――雲雀恭弥という存在を、その魂に刻み込ませてやる――――

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