ⅩⅩⅩⅡ - 人皆旅人

◇ Ⅱ - ⅲ ◇ ⅩⅩⅩ ◇

 ――――時刻は夕暮れ。

 寒い風が吹き付けるこの季節では、既に空は大半が紺色だ。
 だが、その寒々しい空に響くのは、不釣合いな大きな怒号。
 これは、季節関係なく、異様でしかない。

「うおぉぉぉぉっ! 死ぬ気でお前を倒ぉぉぉぉすっ!!」

 これから夕食を迎えるであろう住宅地にも、不釣合いなその声。それが聞こえてくるのは、住宅地の中で大きく存在感を見せる白塗りの建物がある敷地――並盛中学校のグラウンドから。

 しかも聞こえるのはその怒号だけではない。
 耳を突く、硝子の割れる様な高音。
 そして、重低音の何かが壊れる様な音。

「………………」

 目を限界まで見開かなくても分かるその光景に、絶句する。

 ひび割れたグラウンドに上がる土煙、学校内を囲うように植えられている、春になれば薄い桜色の花を咲かせる木々は、何本かが根元から倒れている。果ては白塗りの校舎にも、ヒビ。窓ガラスに至っては、グラウンド側にあった全てのそれが完全に消し飛んでいる。


 ……冗談じゃない。


 駆けつけて一番に思ったのはこれだ。

 並盛の風紀を乱すだけに飽き足らず、この学校にまで手を出すとは、流石に考えが及んでいなかった。いやそもそも“この僕”に対してここまでする奴なんて今の今までいなかったのだから、案に考えていなかっただけなのかもしれない。


 だがこの際、そんな事はどうでもいい。


 三度上がる、グラウンドからの粉塵。煙へと目を凝らせば、小さな影が二つ、空中から地面へと飛び交っているのが見て取れた。そして二つの影は、重なっては弾け、を繰り返している。

 あの影が今何を行っているのかは、影の動きと現状を見れば思案せずともすぐに理解できた。けれど理解できたからと言って納得が行くとは限らない。


 目の前の光景を認識した僕は、止まっていた時間を取り戻すよう、足早に粉塵の方へと歩を進めた。

 爆音の様な音と共に飛んでくる、コンクリートの欠片や小石を避けながらに、段々と近づいてくる粉塵に視線を叩きつけていれば、ふと人の気配が肌を掠める。睨み付けるように視線を右へと流せば、漆黒の小さな塊がいた。

「よおヒバリ。悪ぃな。ちょっと学校借りてるぜ」
「……やあ赤ん坊」

 漆黒の小さな塊――黒いスーツを着込んだ、赤ん坊らしからぬ彼は、僕と視線が合うや、場にそぐわない軽い挨拶を寄越した。

「会えて嬉しいけど、今君に構っている暇はないよ赤ん坊。ちょっと風紀を大いに乱す輩が“そこ”に沸いていてね。今から咬み殺しに行く所なんだ」

 彼に会えて嬉しいのは嘘ではない。

 その見掛けと不釣合いな、得体の知れない強さとは、一度手合わせを願いたいと思っていた。けれど何事にも『優先順位』と言うものがある。現在の最優先は、今尚、僕の傍で土煙を上げている二つの影をすぐさま片付ける事。

 彼と会話する時間も億劫なほどに、今の僕は怒りに満ち満ちている。

「まあ、待て。ちょっと頼みがあるんだがな。この……こいつ等の目をちょっと覚まさせてくんねぇか?」

 ――――1発、ガツン、とやればいいだけだ。

 そう言って自分の下へと視線を向ける赤ん坊。その視線を追えば、なるほど、彼は今何かの上に座っているようだった。その“何か”をよくよく見れば見覚えのある当校――並盛中学の制服である事が分かる。

「…………これは」
「見た感じヤベぇのは分かるだろ。借りはその内ツナにでも返させる」
「ふん、情けないね」

 などの、僕の言葉が耳に届く筈もないと思っていたが、見下しながら呟いた言葉の響きだけに反応するよう、彼の下にいる何か――人間が、僕の方へと鋭い双眸を向けた。

 日本では酷く目立つ、その翡翠色をした瞳の持ち主は、少し前にこの並盛中学へと転入してきた帰国子女、獄寺隼人だ。

 そして視線を動かせば、もう二人。

 赤ん坊の肩越しから、獄寺隼人と同じ様子で震えながらに四つん這いでうずくまる並中の制服が一つと、同じ様な体制のトレーナーを着た男の背中が見て取れる。こちら二人の顔はよく見えないが、体格と髪の色とその形を見るに、どうやら当校の野球部員、山本武と、ボクシング部部長の笹川了平のようだ。

 その三人共が三人、己の喉に爪を食い込ませて、相当な苦しみなのだろう、顔は青白く、暑い季節でもないのに汗まで浮かべていた。

 勿論、そこまで見なくとも、この状況がどういう物なのかは、不愉快ながら僕自身も身に覚えのあるものだから理解できるのだが、“これ等”と同等の苦しみを僕も味わっていたかと思うと、僕の感情が酷くざわつく。

 この三人と、僕の右手の平に付いた傷は何の関係もないが、咬み殺したくなる衝動が無意味に込み上げてきた。故に僕は何時もの様に、衝動のまま、トンファーをきつく握り締め、臆する事なく銀の牙を振り下ろす。

 だが、この行動が彼の望み通りというのは、やはり何処か癪だ。

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