ⅩⅩⅩⅠ - 人皆旅人

◆ Ⅰ - ⅴ ◆ ⅩⅩⅩ ◆

 二人に近づくにつれて徐々に歩みを遅らせる山本。
 そして完全に動きが停止したのは、二人には数歩及ばない場所。


 てっきり二人の所まで行くと思っていたのに、予想もしなかった中途半端な所で立ち止まってしまったので、オレは、どうかしたのか? と思って、少しだけ山本の顔の方に視線を向けた。勿論、背中から少し覗き見るような形だから、山本の顔が見えるわけもないんだけど、何もしないよりかはましだ。


 そして、口を開く山本。

「……と……き?」

 言葉、名前だ。
 しかも、多分、今この町で最も有名な。
 今、最も、オレ達が居所を知りたい人間の名前。

「久しぶり山さん」

 そして、返ってくる声。
 時……白井時の声が聞こえた。


 声が聞こえてすぐに山本の視線を追えば、その前方にたたずむ人間。

 山本の背中越しから見える、かすかに揺れる黒髪と、かすかに微笑む口元は見覚えのあるものだった。時を印象付ける、日本人でも珍しい、黒い色の髪の毛と、それと同じ色の深い黒色の瞳に、オレと同じ並盛中の男子学生服。


 山本の前に立つ人物は、他の誰でもない、白井時そのものだった。


 勿論、時の存在を知らせた山本の言葉に反応したのは、オレだけじゃない。オレ達を取り囲んでいる野次馬達、その中心で騒ぎを起こしていた二人の人間。とにかく、その場にいる全員の意識が、今、山本の目の前にいる人物に向けられて、さっきまでのざわめきが、どよめきと言う、また別のものになっていた。

「し……白井! てめぇいつの間に!」
「二人が喧嘩している間に」

 獄寺君が声を荒げる。

 今までしていた殴り合いで付いた顔の傷が、小さいながらも痛そうだけど、今の獄寺君――お兄さんも――は、そんな痛み気にしてないんじゃないだろうか。そもそも、さっきまでしていた喧嘩の事だって忘れている様子だ。喧嘩をしていた相手の存在を完全に忘れて、時の方に意識が集中している。

「貴様よくもぬけぬけとオレの前に姿を見せる事が出来たものだな!」
「やっていないんだから仕方がないでしょうよ了兄さん」

 獄寺君とお兄さんの言葉に答える時は、奇妙に冷静だった。

 何時もなら、獄寺君には茶化しながら返すだろう、お兄さんには、この間の事もあって多分遠慮がちに、でも動揺を隠せるほど器用ではないだろうから、少しおどおどしながら、でも何かしらの言葉を返す。

 それがオレの中での時の行動だった。

 だから少し違和感を覚えた。
 立ち姿も喋り方も時なんだけど、些細な違和感がつきまとう。

「……とき?」

 名前を呼んでみた事に意味はなかった。

 何を思った訳でもないけど、そもそも、名前を呼んだ自分の行動もよく分からない。そんなままに、名前を呼んだオレは、山本の体で少し隠れている人物に視線も送る。

 オレの声に気付いて、オレの前で立ち固まっていた山本が少しだけ身を左側に寄せてくれた。 そうすれば、隠れていた存在は完全にオレの前へと晒されて、向けた視線は一直線に、時の目と付き合わされる事になる。

 時との距離は、さほど離れていない。十メートルもないだろう、そんな距離だ。でも、だからと言って近い訳じゃない、中途半端な距離、中途半端な、間。

「……時。オレ達心配してたんだよ。母さんも、ビアンキも、ハルも、京子ちゃんだって、山本だって、獄寺君だって……」
「……うん、ごめんねツナ」

 名前を呼んで返事がなかったので、もう一度名前を呼んで、今度は構わず言葉を続けてみた。時がいない間の憤り、イライラしていた間に言ってやろうと思っていた文句。

 そしたら今度はちゃんと返事が返ってきた。

 視線をオレから外して、少しだけ顔を歪めて、心底申し訳なさそうに、見た事のある反省を訴える顔。


 ……あれ? と思う。

「オレ、本当はツナ達にも助けて貰おうと思ったんだ。でもほら、見てよ周りのみんな……オレの事良く思ってないだろう? だからさ、みんなにとばっちりが行かないようにと思って……でも、それは間違ってたみたいでさ、やっぱみんなに相談しようと思って戻ってきたんだ」

 ――――って何調子良い事言ってるんだろうな、はは。


 そう言って苦笑いする時は、何の違和感もない、オレの知ってる時だった。あれ? じゃあさっきの違和感はなんだったんだ? ……怒ってるせいかな? イライラしててダメだったのかな?

 様子がおかしい自分の感覚に、頭の中がこんがらがる。いやでも、オレの感覚なんて結局は大したものじゃないんだから仕方ないのか。

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